昨年度、花園で2連覇したチームには、高校日本代表でもキャプテンを務めたFL申驥世(慶應義塾大学1年)という絶対的なリーダーシップを持った選手がいた。しかし、今年はそういったリーダーは不在。また、今年度のチームにはかつてのNO8佐藤健次(埼玉パナソニックワイルドナイツ)のような絶対的なプレイヤーもいなかった。
こうした背景から、今年の桐蔭学園は高校ラグビー界でも「最弱の世代」と言われていた。
新チーム発足直後は評価の低かった桐蔭学園
2月1日、神奈川県の新人戦決勝では東海大相模に苦戦。結果、14-14の引き分けに持ち込むのがやっとだった。
その後、関東新人大会で東海大相模を26-19で下して優勝。つづく、3月の全国選抜大会では、試合を重ねるごとに成長し優勝した。
それでもミーティングの質はあまりよいものではなかった。「コーチ陣が介入しないといけない」(藤原監督)状況だったという。

藤原監督(桐蔭学園)‐斉藤健仁撮影
ケガ人続出と大敗から這い上がった夏以降の巻き返し
5月、サニックスワールドユースでは大阪桐蔭に10-20で力負け。つづく、主力にケガ人が続出した中で臨んだ6月の関東大会決勝では、國學院栃木に7-50と歴史的な大敗を喫した。
それでも冬の花園を見据えて、桐蔭学園は日々の練習で基礎スキルを徹底。夏には日本体育大学へ、レスリングの出稽古で身体を鍛えるなどして力を蓄えていった。
常翔学園との実戦でつかんだ“勝てるチーム”の形
藤原監督がやっと「手応えを感じた」のは12月7日。花園の初戦となる2回戦での対戦が濃厚だった常翔学園との練習試合だったという。
主力選手もケガから復帰。前半はトライ数で1本対1本だったが、後半は桐蔭学園がトライを重ねる。その結果、4本対1本で勝利したという。
堂薗主将のリーダーシップ、言語化してチームメイトに伝える能力も上がっていった。そして決勝当日朝のミーティングは、「緊張感もユーモアもあって、今までで一番良かった」と藤原監督は目を細めた。
「最弱の世代」と言われたチームの逆襲
「この日に勝つために、1年間、つらいことや苦しいことも経験して、最後に優勝できて安心しました」。
「新チームが始まってから、自分は何もできなくて、主将も務まるかわからなかったが、みんなが時には厳しいことも言ってくれた」。
「(同期である)60期のみんながいたから成長できた」。3連覇を達成したHO堂薗主将は破顔しながらこう振り返った。

スクラム前、笑顔を見せる堂薗キャプテン‐斉藤健仁撮影
大阪桐蔭戦から始まった逆襲のストーリー
試合後、藤原監督が「大阪桐蔭戦が一番のヤマだった」と振り返った。
桐蔭学園は2回戦で常翔学園に勝利し、準決勝で大阪桐蔭に逆転勝ち。ここでチームは勢いに乗って決勝も快勝した。
つづいて、「優勝するなんて思ってもみなかったので、我々スタッフも本当にびっくりしています。本当に強かったんだな、強くなったなと思います。だから我々スタッフも謝罪しなきゃいけない」。
藤原監督が正直に吐露するほど、1年間での成長幅を見せての優勝だった。
“最弱”と呼ばれた世代が花園で頂点に立つまで
コーチ陣に「弱い、弱い」と言われ続けて、「最弱の世代」と呼ばれることさえあった。神奈川県の新人戦で負けそうになった状況だった。
そこから堂薗主将を筆頭に進化を続けた選手たち。その結果、花園でもそれを止めることなく、今季も頂点まで駆け上がった。
こうした逆襲劇は、高校ラグビーの歴史の中でも特筆すべきストーリーとなった。

桐蔭学園の堂薗キャプテン‐斉藤健仁撮影
今大会は大阪桐蔭のWTB/FB吉川大惺ら、各チームの2年生が輝いた大会にもなった。桐蔭学園にもレギュラーだったLO(ロック)堺史道、CTB古賀啓志、FB曽我、控えから好プレーを見せていたHO木俣蒼司郎、SH(スクラムハーフ)金野悠生ら2年生がいる。
きっと来季の花園の本命は、4連覇にチャレンジする桐蔭学園になるはずだ。

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