福田監督が語る“勝利の方程式”―戸田中央を変えた指導哲学
JDリーグ2025年、東地区初優勝を果たした”戸田中央メディックス埼玉”。その成功の裏には、福田五志監督の独自の指導哲学があった。
就任初年度、急進的な改革ではなく“空気の整備”を優先し、選手の個性を見極めながら勝ち方の土台を築いた。練習と試合で“生きたデータ”を収集し、急がず壊さず積み上げる。その戦略が3年目の飛躍を生み、4年目の快挙を呼んだ。
今回、Journal-ONE編集部は福田監督の特別インタビューを実現。勝利のプロセスからソフトボール界の未来まで、深い洞察に迫った。

2025シーズンに東地区初優勝を果たした戸田中央メディックス埼玉-Journal-ONE撮影
就任初年度の戸田中央――“静観”から始まったチームづくり
福田監督が、戸田中央メディックス埼玉の指揮を執り始めたのは、JDリーグ創設初年度だった。
選手は15〜16名の少人数。福田監督自身もしばらくリーグから離れていた期間があった。それゆえ、未知の要素が多いスタートとなった。
福田監督は「リスタートのような感覚で、フレッシュな気持ちでした。ただ、初年度のチームづくりがこんなに難しいとは思わなかった」と振り返る。
福田監督の現場感覚
改革を急げば反発を招き、選手の個性理解を欠いた方針はチームを壊す。そのため、最初の1年は「急いでやりすぎると反発される。まずは今のリーグのレベルや選手を、肌で感じるところからでした」と“静観”に徹した。
現場のブランク、選手把握の遅れという現実に直面した福田監督。しかし。その知識の空白を埋めるため、練習と試合での“生きたデータ”収集を優先する。紙のレポートよりも、今のリーグで通用する術を自分の目と耳、そして肌感で確かめることに重心を置いた。

リーグに復帰してからも一歩ずつチームを勝利に導いていった福田監督-Journal-ONE撮影
選手達のマインドの変化と、アップデートしなければならない自身の現場感覚。しかし、この厳しい状況にもいち早く適応した福田監督は、今までの成功法則を疑う姿勢を貫いた。
その結果、この判断が現在の“強豪・戸田中央”へのアップデートにつながったわけだ。
「静観」の意味と効果
「静観」は受動ではない。状況を測り、最小限の介入で最大の情報を得る積極的な選択である。
急進的な制度変更や戦術導入は一時的に効果を見せるが、継続性を欠けばチーム文化に定着しない。そのため、福田監督は選手との自然なコミュニケーションの型、練習での集中の波、試合での反応速度など、チームの“素地”を見抜く作業を続けた。
その結果、壊さずに作るという軸が定まり、のちの浸透速度を高めていくこととなる。
戦術より“空気”の整備
「初年度は戦術よりも空気の整備を優先した。」と福田監督が振り返る。
ベンチの声、ウォームアップの丁寧さ、練習後の振り返りの丁寧さ。こうした“小さな当たり前”の積み重ねが、戦術の理解度と再現性を支えると話す。
言い換えれば、雰囲気は戦力である。それが整っていない現場に高度な戦術は根を張らないということだ。

福田監督の指導により4年で優勝まで上り詰めた-Journal-ONE撮影
まずは、見極めの焦点を守備と走塁の基礎品質に置いた福田監督。とりわけ、連係プレーの共有度、内外野の送球判断、盗塁のスタートの質など、“勝ち方の土台”となる項目を優先的に評価した。
その結果、土台の不均質は接戦で必ず“ほつれ”として顕在化する。こうして、土台を早期補修し続けたことが中期の成長を大きく後押ししていくことになる。
勝ちへ向かう階段づくり――等身大の目標設定と2・3年目の成長
就任当初、福田監督はあえて「日本一」を掲げない選択をした。
「身の丈に合っていない目標では時に諦めが同居する。最初は“ファイナルステージ進出”を目標にしました」。と福田監督が振り返る。
初年度は10勝19敗の地区最下位。だが、この1年でチームの不足、他チームの戦力・戦術、投手力の課題など全体像が視界を開いた。
続く2年目は15勝14敗で勝ち越し、プレーオフに届かなかったが確かな歩みを残した。
そして3年目の2024年、ビックカメラ高崎との直接対決4敗が現実を突きつけた。「ビックに勝たなければ上には行けない。そこが最大のターゲットになりました」。



















