四国を元気に!高知編 物部川エリアに行こう!

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こうして丁寧に刻まれた階段は2025年、チーム史上初のリーグ制覇という躍進につながった。

戸田中央メディックス埼玉のチームワークが光る‐Journal-ONE撮影

目標設定の妙技

目標は心理的安全性と挑戦の妥当性を両立する必要がある。

だからこそ、福田監督は「優勝」に固執せず、到達可能性の高い一段目を提示した。勝敗は“差分の可視化”に還元される。

初年度の敗戦は何が足りないかを炙り出し、選手の自己認識に改善の焦点を与えた。

その結果、無理な高みを語らないことで、毎日の練習の目的が明確になったと振り返る。

敗戦から得た地図

強豪チームを作り上げる過程においては、モチベーションを削ぎかねない多くの敗戦を受け入れる必要がある。

しかし、福田監督は「周りの戦力分析も含め、見えてきたことの方が大きかった」と前向きにとらえていた。

まさにこの言葉どおり、敗戦はむしろ最短の学習経路を示す地図とした福田監督。投手起用のタイミング、終盤の代走・守備固めの精度、相手の強打者への配球傾向など、勝つための可視化が着実に進んだ。

その結果、2年目の勝ち越しは“計画の正しさ”の検証結果であり、一方で3年目の連敗は逆にターゲットの明確化につながった。

こうして積み上げられた成功体験は、挑戦の許容量を自然に拡張させていった。その結果が、最下位から4年でリーグ戦地区優勝。無理なく高みに届くための“現実主義”がチームを強くした。

橋爪ひかり選手(戸田中央)はリエントリー起用で信頼を得てレギュラーに定着した-Journal-ONE撮影

チームと真剣に向き合ってきた結果が表れた-Journal-ONE撮影

東地区初優勝の2025年―“打って勝つチーム”の強みと落とし穴

2025年の戸田中央は、リーグ戦でビックカメラ高崎に3勝(無敗)して悲願の東地区初優勝を果たす。加えて、29試合を「打って勝つ」スタイルで駆け抜けたリーグ屈指の攻撃力は、多くのファンを魅了した。

しかしながら、福田監督は「接戦が少なく、6〜7点取って勝つ試合が多かった。1-0や2-1のような試合を経験することがほとんどできなかった」と振り返る。

一発勝負に挑む準備

「上野由岐子やメーガン・ファライモのような大投手から1点を取るには、練習から戦い方を変えないといけない」。レギュラーシーズンと“一発勝負のプレーオフ”の戦い方は、まったく別物だと話す福田監督。

「大胆な攻撃と繊細な小技も含め、とにかく1点をもぎ取る。あるいは失点を防ぐ。こういった戦い方は練習の中からできあがっていくものです。」と、一発勝負への準備が大切だと話す。

それゆえ、「リーグ戦で僅差で勝つと言った試合は殆どなかった。むしろ、接戦を落とす試合がありましたね」。「その接戦を落とした流れがそのままファイナルに出て、日本一に届きませんでした」と述懐した。

そして、「リーグ戦で準備できなかったトーナメントの戦い方。その差を強烈に思い知らされた一年だった。」と、悔しさを滲ませた。

ダイヤモンドシリーズにてビックカメラ高崎に惜しくも敗戦-Journal-ONE撮影

“打って勝つ”勝利の設計

大量得点の背後には、初球の入り方、走塁の意識、相手バッテリーの傾向把握がある。勢いの作り方を設計し、“ノッている時間”を最大化する。だが勢いに頼り切れば、均衡戦の精度が磨かれない。二系統の勝ち方を並行育成することが肝要だ。

「戸田は打線のチームです。みんなが自信を持っていたのでそれを活かした形でゲームメイクをすれば、チームの良さが出るのかなと思いました」と、2025シーズンの入りを振り返る。

「もう突っ走ったような。私もこれでいくって決めていきましたね。」と、打って勝つチーム設計で頂点を目指した。

その結果、「我々はスタートの時点でファイナルでの対上野投手といった展開を、あまり想定していないわけです。それでもスタートから打線が活発でしたので、ビックからでも5点を取れたんだと思います」と、好調のままシーズンを駆け抜けた。

「そういう流れが1つできてはいたので、ファイナルに向けての修正はどこかでできたのかもしれないが…」と、少し考える福田監督。

それでも、「最後の最後まで東地区で優勝するという目標を掲げていました。それゆえ、優勝後もその勢いのままでプレーオフに臨んだというところでした。」と、ファイナルへ臨んだ当時の心境に思いを巡らした。

目標にしていたビックカメラ高崎に最後は敗れてシーズンが終了-Journal-ONE撮影

■記者プロフィール
編集部-矢澤
1995年早大卒、JR東海で国内外からの観光誘客に関する企画・宣伝を主に、百貨店、レンタカー、旅行代理店、広告代理店でも働く。趣味はスポーツ観戦と旅行。メジャーリーグ(MLB)は28球団のBall Parkで観戦済み(全30球団)。
この記事に関連する人物
福田 五志

生年月日/1956年5月24日 出身地/鹿児島県

1972年 岐阜県・中京商業高等学校 入学、その後3年連続甲子園に出場。青山学院大学に進学(中退)、1976年にトヨタ自動車の硬式野球部に選手として加入。引退後はコーチも務めた。

ソフトボール指導者に転身し、1997-1999年・2007-2016年までトヨタレッドテリアーズ監督を務め、13シーズンで日本リーグ優勝5回、全日本総合選手権優勝4回など数々のタイトルを獲得。2015年はU24代表監督として、世界選手権で準優勝。2017年にはトヨタレッドテリアーズの名誉監督に就任。2022年~戸田中央メディックス埼玉監督に就任し、2024年全日本総合選手権皇后盃で初優勝。2025シーズンには東地区初優勝を収め、日本リーグ・JDリーグ通算255勝103敗という成績を残す。

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