初訪問者におすすめしたいのは、あえて一度立ち止まること。足音が消えた瞬間、水音だけが前に残る。その音の距離感が、光の滝との距離が次第に縮まる期待を静かに押し上げてくれるだろう。

チームラボ《坂の上にある光の滝》©チームラボ
The Infinite Crystal Universe|無限は、目ではなく認識で起こる
光の点が増えるほど、距離が消える。
ここに足を踏み入れた瞬間、“空間”という概念が置いてきぼりになった。四方を覆う鏡面の世界に、無数の光の点が立体として浮かぶ。その光が増えれば増えるほど距離が曖昧になり、自分の輪郭までもが薄れていった。光が密度を上げるたび、前後も上下も消え、ただ「在る」だけの感覚へと飲み込まれていくのだ。
最も驚いたのは、来館者がスマートフォンから星を投げ入れるところだ。その星が実体のある光として空間に生まれ、景色そのものが更新されていく仕組みである。
自分が放った光がゆっくりと漂い、他者の星と混じりながら宇宙を再構築していく。これは、作品を「鑑賞」するのではなく「共に作り続ける」体験そのものだった。光の群れの中で立ちすくむと、自分がどこまで個体で、どこから世界の一部なのか。その境界さえ甘く溶けていった。
初訪問者におすすめしたいのは二つだ。一つ目は、光を視界の中心で追いかけないこと。あえて周辺視野に意識をゆだねると、光の量と密度に包まれる“没入感”が何倍にも膨らむだろう。
二つ目は、星を投げ入れたらすぐに探そうとせず、少し待つこと。変化に自分の感覚を追いつかせることで、「自分がこの宇宙の生成に関わっている」という参加感がぐっと強まる。
「The Infinite Crystal Universe」では、無限は視覚ではなく、認識の変化として起こる。光に身を委ねながら、その境界の消失を楽しんでほしい。

チームラボ《The Infinite Crystal Universe》©チームラボ
水面のドローイング|鯉が花に変わる、いまこの瞬間の絵
あなたの一歩が、誰かの景色を変える。
「人と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング – Infinity」では、鯉は人々の存在に影響され、人にぶつかると花となって散る。花は季節とともに移り変わる。 そしてこの作品は、録画ではなくリアルタイムで描かれ続け、同じ状態は再現されない。
ここに足を踏み入れた瞬間、“鑑賞者”から“風景の一部”へと役割を変えられたように感じた。
足元に広がる温かな水面はわずかに揺れ、その上を泳ぐ鯉たちは、私の存在を確かめるように近づいてくる。そして触れた瞬間、鯉はふっと花へと変わり、淡い粒子となって散っていく。季節によって変化する花々が静かに開いては消え、また新しい景色を作っていく様子は、まるで時間そのものを踏みしめているようだった。

チームラボ《人と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング – Infinity》©チームラボ
他者との相互作用が“旅”をつくる
驚くのは、この光景がすべてリアルタイムで描かれ続けていることだ。同じ鯉も、同じ花も二度と現れない。隣で歩く誰かの足音が水面に波紋をつくり、その波紋がまた別の鯉の進路を変える。気づけば、私の一歩が知らない誰かの景色に影響を与え、その誰かの動きもまた私の視界を揺らしている。この相互作用の連続が、ここでの体験を一気に“旅”へと変えていく。
初訪問者に伝えたいのは、鯉を目で追いかけすぎないということだ。
視界を一点に集中させるより、水面全体がうねるように動く“大きな流れ”を受け止めると、世界の中に自分がゆっくり溶け込んでいく感覚に気づける。そして、花になる一瞬を狙おうと肩に力を入れず、むしろ散ったあとの静かな余白を楽しんでみてほしい。儚さが残した“間”にこそ、この作品が描こうとしている「いましかない絵」が姿を現すからだ。
ここでは、あなたの存在が景色を変え、その景色がまたあなたを変える。その連続が、唯一無二の時間をつくり上げていく。
変容する空間、広がる立体的存在|球体の海で、色が音になる
触れると、空間が呼応してひとつになる。
“空間を歩く”というより“空間の中を泳ぐ”という感覚に近い体験をしたこの作品。
無数の光る球体が床から天井まで満ちあふれ、身体でかき分けるたびに、球体がふわりと色を変えて音を放っていた。




















