そのまま抽象の世界へ滑り込むのがAutonomous Abstraction。色と形が自律的に動き、意味より先に身体がそれに反応する。運動の森で積み上げてきた身体の直感が、ここでさらに研ぎ澄まされるようだった。
そして最後に待ち構えていたのが、流れの中に立つ時、渦が生まれる。ここでは、跳ぶ必要も、走る必要もない。ただ立つだけで、空間に渦が生まれる。動くことで世界が変わっていたはずなのに、最後は“存在が世界を生む”。
この反転が、運動の森全体を貫く体験の軸を、静かな確信として身体に刻み込んでくれた。

チームラボ《Autonomous Abstraction》©チームラボ
初訪問者へのおすすめ
運動の森のいちばんの魅力は、作品同士の境界が限りなく薄く、体験と体験が連動し続ける点にある。だからこそ、最初から「どの作品をどの順番で体験しよう」と構えるより、身体が向いた方向へそのまま歩いてみるのがいちばんいい。
走り出したくなる瞬間もあれば、ふと立ち止まりたくなる瞬間もある。その速度の揺らぎこそが、このエリアの世界を立体地図へ変えていく。身軽で、自由で、身体の誘導に素直でいること。——それが運動の森を最大限に味わういちばんのコツだった。
ここを出たとき、私は「鑑賞した」というより、「歩いて読み解いた」という感覚が残っていた。動いた分だけ、世界は自分の中に深く刻まれる。そんな稀有な体験が、運動の森にはあった。
つかまえて集める絶滅の森(Catching and Collecting Extinct Forest)|観察が“遊び”になる
消えた命に、もう一度出会う森。
このエリアでまず胸に引っかかったのは、「なぜ絶滅種なのか?」という問いだった。
チームラボは決して“過去を再現する”ために絶滅種を登場させているのではない。むしろその逆で、“見たことがあるようで実際には見たことがない存在”を目前に置くことで、知識や先入観を外し、感覚をゼロから研ぎ澄ますための仕掛けなのだと思った。
絶滅種は、「答えが用意されていない」。だからこそ、私たちは立ち止まり、気配に耳を澄まし、動きの意味を一つひとつ読み解こうとする。
チームラボプラネッツにおける「つかまえて集める絶滅の森」は、その“読み解く身体”を最も鋭く呼び起こす。消えた命に、もう一度“感性”で向き合う場所——このエリアはそういう森だった。

チームラボ《つかまえて集める絶滅の森》©チームラボ
森─捕まえるほど、観察が鋭くなる
入り組んだ壁の向こうに、絶滅種の“気配”がいる。森のゾーンは、複雑な壁面と曲がり角が連続し、まるで迷路を散策しているようだ。
その設計が絶妙だ。視界が途切れるたびに“足音の先に誰かがいる気配”を自然に探してしまう。スマートフォンのアプリで「観察の目」を放ち、動物を捕まえて図鑑に記録できる。しかし、ここでは収集そのものより、捕まえようとする瞬間に観察が急激に精密になることが面白い。
動きの癖、影の揺れ、視界の端に現れた尾の軌跡——。狙った瞬間、森の情報量が一気に増える。そして触れると動物たちが反応し、距離の取り方や逃げ方が変わる。その反応が、過去の命を“関係を持てる存在”へと転換させる。まるで時空を超え、かつて地球を歩いた生きものと散策しているような錯覚があった。
海─太古の海底に潜り、流れの一部になる
広い視界の中で、絶滅種と“共に漂う”感覚。森の迷路を抜けると、空気が一変した。
まっすぐに伸びる海底のような空間に、大小の海の生きものがゆっくりと漂う。森では“探す身体”だったのが、海では“同じ流れに身を置く身体”へ変わる。
生物が近くを通り過ぎる。そのたび、自分も太古の海の中に潜っているような、静かで広い没入感が生まれる。森は気配に集中する場所、海は存在を開放する場所。——その対比が、このエリアを豊かにしていると感じた。

チームラボ《つかまえて集める絶滅の森》©チームラボ
初訪問者へ─違う遊び方が同じ感性を呼び覚ます
このエリアのいちばんの魅力は、年齢や遊び方が違っても、同じ“観察の感性”が呼び覚まされるように設計されていることだ。
アプリを使って狙いを定めて記録する子どもたちは、まるで小さな研究者のように夢中になる。大人は、動きや反応の意味を読み取りながら“触れ合いの一瞬”に心を奪われる。そして、ときにはアプリを閉じ、ただ漂う生物の気配を眺めている時間がもっとも深い没入につながることもある。




















