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サンゴリアスの中村と流が引退を発表
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サンゴリアスの象徴・ラストシーズン

サンゴリアスの象徴が現役を退く。長年チームを牽引してきた中村亮土と流大が、今季をラストシーズンとする決断を下した。

2019年日本、そして2023年フランスで開催されたラグビーワールドカップ。そこで、桜のジャージーを背負って、日本代表の主力として躍動したベテラン2人。

34歳のCTB(センター)中村亮土と、33歳のSH(スクラムハーフ)流大(ともに東京サントリーサンゴリアス)。2人が揃って、今シーズン限りでの現役引退を発表し、引退会見を開いた。

1歳違いで、帝京大学だけでなく、サンゴリアスでも数々のタイトル奪取に貢献。加えて、キャプテンも務めた『サンゴリアスの顔』であるベテランBK(バックス)の2人。同じシーズンで引退することになったのは「偶然だった」とのこと。

「(一緒のタイミングで引退になったことは)光栄。この時期に(引退)するな、ということは互いに知っていたので驚かなかった(笑)」(中村)。

「感慨深い。帝京大学からサンゴリアスに入ってもずっと一緒。日本代表でも同じ部屋でいろんなことをやってきた。(中村)亮土さんにはお世話になった部分はすごく多いので何かの縁」(流)。

引退の理由は新たなステージへのスタート

日本代表キャップ39キャップを誇り、身長182cm、体重92kgの体躯とタックルでCTBだけでなく、時にはSO(スタンドオフ)として、中盤で存在感を見せ続けた中村。また、日本代表36キャップを数え、身長166cmながらテンポの良いパス捌きと強気のリード、戦術眼で日本屈指のSHとなった流。なぜ、2人は今シーズン限りで引退することを決めたのか。

鹿児島実業高校でサッカーからラグビーに転向した中村は「プレシーズンで引退が決断できたので、早い段階で今まで支えてくれていたファン、応援してくれていた方々に伝えたくて、このタイミングとなった」。

引退を決めた理由は、「次のステージに行きたい、というのが一番。今シーズン、コンディションも良くプレーできていて、ケガによっての引退を決断したわけではない。シンプルに次へ挑戦がこの段階でしたかったので、このタイミングとなった。」と晴れ晴れした表情で話した。

サンゴリアスの中村が中盤で存在感を見せる‐斉藤健仁撮影

中盤で存在感を見せる中村‐斉藤健仁撮影

流大が語る覚悟と“次のステップ”への想い

一方、9歳から福岡・りんどうヤングラガーズで競技を始めた流は、「自分ですべて決めた。ファンのみなさんに、少しでもプレーを見てほしいという気持ちから、シーズン中に発表させていただいた」と話した。

「2023年ワールドカップが終って、昨シーズンに終えようと思っていたが、(サンゴリアス GM田中)澄憲さんに『今が一番いいプレーができているから、もう1シーズンやってくれよ』と言っていただいて、今シーズン、覚悟を持ってやり切ろうと思った」とのことだ。

そして、「いろいろ考えたが、今後、新しい夢に向かってスタートする際に、このタイミングがベストだと。理由はいくつかある。自分のキャリアを次のステップに進めるため。そして、サンゴリアスに長くいると、良い意味でも悪い意味でも影響力を持っているので、チームを引っ張っていく選手が出てきてほしいという思いもあり、引退を決意した」と前を向いた。

サンゴリアスの流大がテンポの良いパスを供給する

テンポの良いパスを供給する流‐斉藤健仁撮影

2人とも印象に残るのは負けた試合

引退するにあたり、中村と流の2人に長いラグビーキャリアで一番覚えている、または強く印象に残っている試合を聞いた。

中村は「振り返ると、日本で開催された2019年のワールドカップは、僕のハイライトで非常に強い。当時は夢の中というか、自分たちがその時の主人公だと思っていないように感じたが、大会が終わってみればいろいろなメディアを通して、日本代表の試合を見てもらって、日本代表のジャージーが価値のあるものになった」。

ただ、「サンゴリアスでは負けた試合の方が覚えていて、昨年12月のクボタ(スピアーズ東京ベイ・船橋)戦もしかり、僕がキャプテンの時、(2021年トップリーグのプレーオフ)決勝で、パナソニックに負けた試合はすごく印象に残っている」と話した。

流大が語る“悔しさ”とキャプテンとしての記憶

流は、「1つは2019年ワールドカップ開幕のロシア代表戦。ずっと夢だったが叶えられたことは、今でも忘れられない。また、2023年ワールドカップの最後、僕は試合に出られなかったが、アルゼンチン代表戦。チームが負けた悔しさもあり、日本代表をここで終えると決めていたので、1つの区切りというか、終わったなという瞬間だった」。

■記者プロフィール
斉藤 健仁
スポーツライター。1975年生まれ、千葉県柏市育ち。ラグビーと欧州サッカーを中心に取材・執筆。2012年から2015年までエディー・ジャパン全54試合を現地で取材。ラグビー専門WEBマガジン「Rugby Japan 365」「高校生スポーツ」の記者も務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。「ラグビー語辞典」(誠文堂新光社)、「今こそ行きたい 欧州サッカースタジアム巡礼」(エクスナレッジ)など著書多数。
≫「X」アカウント
https://twitter.com/saitoh_k
Journal-ONE投稿記者-斉藤 健仁
取材・文:
斉藤 健仁( 日本 )
この記事に関連する人物
中山 亮平

1988年生まれ、大阪府出身。日本ラグビー界屈指のBKとして浦安D-Rocksで活躍中。日本代表通算30キャップを誇り、ラグビーワールドカップでは、2019年日本大会と2023年フランス大会に出場。2019年日本大会では、日本代表初のベスト8入りに貢献した。東海大仰星高校3年時には花園で全国制覇を果たし、早稲田大学でも1年時から大学選手権優勝を経験。コベルコ神戸スティーラーズでは12シーズン活躍し、2025-26シーズンからは浦安D-Rocksへ移籍した。

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