また、サンゴリアスでは「優勝した試合も印象に残っているが、個人的には僕がキャプテン3年目の決勝で、神戸製鋼に大敗した試合がすごく印象に残っている。」と始める。
「2018年は、初めて日本代表とサンウルブズ、そしてサンゴリアスというサイクルで、1シーズンプレーした。自分のパフォーマンスがなかなか上がらない中で、キャプテンをするという難しさをすごく感じたシーズンだった。すごく悔いの残るシーズンだった。決勝は僕自身のパフォーマンスも良くなかったので、今でも覚えている。」と振り返った。

日本代表キャップは36の流‐斉藤健仁撮影
自分にフォーカスして成長した中村亮土
2人は小学校や高校からラグビーを始め、どうして日本を代表するトップ選手まで成長できたのか。
父の勧めもあり、高校から競技を始めた中村は、「貪欲に向上心を持ち続けた、成長したいという気持ちが常にあった」と話し、代表に選ばれた理由については、「1つはラグビー選手として、明確な武器を身につけたところ。ディフェンスのタックルとフィジカルで戦える選手になったのと、チームの戦術を理解して、コミュニケーションを取れる選手になれたからこそ、代表に選ばれたと思う」。
加えて、「僕は強い選手や強いチーム、強い相手に臨むことがすごく好きで、高揚感があってワクワクする。日本代表は、強豪国に比べたら下に見られる。下から突き上げる試合はモチベーションになっていた」と語った。
中村は帝京大学時代に代表初キャップを得たものの、サンゴリアス入団後は試合に出られない時期もあり、2015年ワールドカップでは直前でメンバー落ちも経験した。それでも屈することなく、不断の努力を続けてラグビーに向き合い、トップ選手まで駆け上がった。

日本代表39キャップを誇る中村‐斉藤健仁撮影
苦悩と成長のプロセス、そして若い選手へのメッセージ
「ふてくされそうになった時が何回もあった。ただ、その時に『ここで終わりたくない』と自分自身に対して問いかけを続けて、それによって踏ん張りがきいた。帝京大学の時に注目をしていただき、天狗だったというか、その状態を自分で理解し、リセットできたタイミングがあった。」と当時を振り返った。
「自分にフォーカス、矢印を自分に向けて、自分がどういう選手になりたいか、どういうプレーをしたいか、というものを、人の評価を気にせずにやっていった結果が、後々、評価してもらったという感じがある。最後は自分で気づいたが、いろいろな先輩にもアドバイスしていただいた記憶がある」と感謝を口にした。
高校からラグビーを始めた選手へのメッセージをお願いすると、中村は「高校や大学の監督、コーチ、サンゴリアスに来ていろいろな監督と出会って、コーチングを受け、チームメイトに恵まれ、刺激を受けて成長し続けられたというのが1つある」。
そして、「高校2年生の時に、2019年のワールドカップが日本で開催されることが決まったが、田舎のどこの馬の骨かわからないやつが、ワールドカップ出場を目標に据えてやっていた。自ら高い壁を設定し、挑戦し続けると何か得られると思う。ラグビーを始めるのが早かろうが、遅かろうが関係ないと思うので、いろいろなことに挑戦してほしい」。
「また、日本人選手の特色として、スキルフルでコミュニケーションをとれる選手が多い。自分のカラーを見つけて、何か1つ自分の武器を見つけて、自分なりのプレーを作っていってほしい」とエールを送った。
数多くの指導者に出会えたことで成長した流大
2019年は日本代表で5試合に先発。日本を代表するゲームコントローラーへと成長した流。
トップ選手へと成長した要因を、「ラグビーをいっぱい見たこと。子どもたちはお母さん、お父さんにお願いして、自分のお小遣いを使ってでも、ラグビーを見る環境を整えるというのがまず大事。今でも僕は、週で7~8試合は、自分たちの試合以外を見るし、引き出しを多く持つことがすごく大事。」と話す。
また、「チームメイトとの関係性。コミュニケーションを取って、自分がどういうプレーをしたいのか、チームメイトがどういうプレーが強みなのか、どうすれば彼らが生きるのかというのを常に考える。そうすることで、視野の広いプレーができるようになる。」とアドバイスした。
さらに試合の間の1週間では、「試合の映像を見て、自分の中でそれを消化するだけではなく、グラウンドに来たときに話したり、家で映像を見たら、その場で電話やLINEをして、『このシーンはこういうふうにしてほしい』というようなコミュニケーションを取ったりするのが僕のやり方。練習をがんばるのはもちろんだが、練習以外の取り組みもパフォーマンスを上げる上では絶対大事」と語気を強めた。

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