当時、トヨタのソフトボール部は「男女での交流がなかったので、指導者は野球部のOBが頼まれることが多かった」と教えてくれた。
こうしで40歳でトヨタ女子ソフトボールの監督に就任。退任後は社業に専念していたが、50歳で再び女子ソフトボール界へ飛び込むこととなる。

リーグ監督として活躍し続ける福田監督は多くの歴史を残した‐Journal-ONE撮影
女子ソフト界に再登板
一度は離れた女子ソフトボール界。二度目の就任は「2年で優勝してくれ」という社の要請から始まった。
「いや、2年は無理でしょ?」と言いつつも、役員から直接の依頼を受けて再登板を決断。短期と中期のKPIを切り分け、3年目に2位、翌年優勝という階段設計で期待に応えた。
「社長が『悔しい。来年、必ず勝ってくれ』」という言葉は、コミットメントの増幅となった。こうして数々の栄光をチームにもたらし今に至っている。
コロナ禍で断念したが、中国・四川省へは指導者として赴く予定だった。その後も、入国隔離が続いた台湾ではコーチも引き受けた。
「隔離期間をクリアした海外からの入国者は、外には一歩も出られない生活が続いた」と、当時の苦労を振り返った福田監督。しかし、そんな制約下にあっても成果を出す設計力が鍛えられたと教えてくれた。

トヨタと海外での指導の後に戸田にやってきた-Journal-ONE撮影
指導スタイルの進化
様々な指導経験を経て、指導スタイルも進化を遂げている福田監督。「トヨタ時代は理想や信念で導いたが、戸田では“今いる選手をどう活かすか”に軸が移った」と話す。
理想を掲げて選手を引き上げるフェーズから、選手の特性を最大化するフェーズへ。勝ち方の重心は現場の成熟とともに進化していった。
こうした福田監督の指導の根幹は、サラリーマン時代の上司のひと言が形作ったという。
「すごくしっかり仕事に向き合っている上司の元で仕事をやっていました。ある時、『本気でやってる?』と言われたことがありました」。
ミーティングの準備、資料の作成など、様々な業務を真摯に取り組み続けていた福田監督だったが、その言葉にハッとしたと言う。
”本気”を透過させる指導術
「仕事は本気でやっているかと問われて、そうじゃなかったなと気付きました。ですから、仕事もスポーツも本気でやらないとと。そうでなければ、色々なことで結果や成果を出せないだろうなと思いました」。

ソフトボールに携わっていないときの言葉が今の福田監督をつくった-Journal-ONE撮影
「本気でやってる?」という上司の問いかけが、福田監督のを形づくった。「準備を怠れば成果は出ない」。本気は熱量ではなく、準備の質・積み上げの確度・継続の強度で測られる。監督の本気が透過して見えなければ、選手は本気を投入しない。
JDリーグの未来と観戦環境
JDリーグの未来像についても、福田監督は具体案を持つ。まずホームアンドアウェイ制の導入による、地元ファンの涵養だ。
ホームアンドアウェイ構想
地元開催を増やすことは、ファンの来場習慣の定着に直結する。もちろん各チームでは、地域ファンとの触れ合いを大切にした活動を行っている。しかし、来場者数はなかなか伸びていないのが現状だ。
「プロ野球と同様に、1対1で組めば地元で年5試合できる。それくらいやらないと地元は盛り上がらない。」と福田監督は提唱する。
球場確保と経費の面を考えると、諸手を挙げての賛同は難しいかもしれない。それでも、JDリーグの球場設営でバックネット撤廃を提唱した福田監督。
「一番見たいバッテリー間をネットが遮るのは良くない。アメリカではネットなしの球場もある。」と、観戦体験をアップデートして競技の魅力を最大化した功労者だ。

JDリーグの未来に期待を高める-Journal-ONE撮影
競争均衡の価値
最下位から4シーズン、地区優勝を果たしたチーム力強化についても「戸田ができるなら私たちもできると思って欲しい。」と福田監督。リーグ全体の戦力が拮抗すれば、観戦の熱量も高まると続ける。
資金力に左右されない成功例が増えるほど、リーグは接戦増加→観客熱量上昇という好循環に入る。均衡は物語を生み、物語はファンを生む。そういった点でも、戸田中央の東地区制はJDリーグの盛り上げに一役買っているのだ。























