だが、プレッチェルはリバウンドなどのインサイドでだけでない。3Pも打つ「ストレッチ5」として相手の長身選手を外側に引っ張り出すことができるなど、いわゆる現代的なインサイド選手としてのプレーぶりが特徴となっている。

プレッチェルのプレーはジョシュ・ホーキンソンを彷彿させる-永塚和志撮影
異なる文化を越える挑戦
プレッチェルが生まれたのは東海岸のフィラデルフィア。しかし、育ったのは西部・コロラド州のコロラドスプリングスだ。漕艇の選手だった父とバレーボール選手だった母の間に生まれた彼女。すでに8歳頃からバスケットボールを始めたという。
幼少期から大学、そしてWNBAまで
少女期から大きかったようではある。だが、自身の背が高いからといってリングの近くで、ポストプレーだけをさせられるのが嫌だった。彼女いわくその「反抗心」から長いシュートを打つようになった。
また所属したクラブのコーチが選手たちにすべてのポジションを経験させる主義だった。これにより、プレッチェルもドリブルなどさまざまな技量を習得したそうだ。
高校時代には「5スター」と最高クラスの選手の評価を受け、スタンフォード大に進んだ。同校では先に記したように全米王者に戴冠するなど、成功を収めた。そして、子どもの頃に将来はそこでプレーをするという固い決意を紙にしたためたほど思いの強かったWNBAのチームからドラフトにかかった。
しかし、プレッチェルはシーズン前に契約解除される。2025年にはワシントン・ミスティクスのトレーニングキャンプに招待された。しかし、こちらもシーズンロスターに残ることはならなかった。彼女が海外の国々でプレーをしてきたのには、そういった背景があった。

プレッチェルは様々な国でプレーした経験を活かす‐永塚和志撮影
日本での順応とチームへの適応
まだ24歳と若い。これまでのアメリカ国外を渡り歩いてきたプレッチェル。とは言え、東洋文化の国である日本でのプレーは初めてだ。他のチームにもいえることだが、Wリーグでは外国籍選手の登録人数が2名までに制限されている。そのため、プレッチェルもチームの中で言葉の壁などを感じているはずだ。
一方で、ENEOSのホームページ上での彼女のインタビュー記事をのぞいてみる。すると、納豆すら「問題なく食べることができ」ているという表示が。そうであるならば、日本への順応は周囲が思う以上に良好に進んでいるのかもしれない。

プレッチェルは日本の環境に既に馴染んでいるようだ-永塚和志撮影
24歳が手にした成長の手応え
プレッチェルは日本に移ってきたことについて日々、適応する努力を払うことは肝要だと言う。そこで、来日以来、何か乗り越えるべき事柄があったかと尋ねてみた。しかし、「1つ何かがあったかといえば思い浮かばない」と語った。
日本文化とバスケットへの向き合い方
「日本の文化はヨーロッパとは劇的に違っています。でもそれはけっして悪いことではありません。もちろん順応すべきことはありますし、故郷や家族から離れて暮らしているといった難しい面もあります」。
「ですが、この国ではたくさんの良い経験ができています。現状は仕事(バスケットボール)ばかりなので、もっといろいろと見て回ってみたいです。」と続けたプレッチェル。
リーグ戦では今シーズンここまで、平均11.3得点(Wリーグプレミア9位)、8.1リバウンド(同5位)。さらに、1.4ブロック(同1位)、3P成功率42.4%(同3位タイ)と、期待通りの働きぶりを見せている。皇后杯でも平均12.3得点、7.3リバウンド、3P成功率53.3%をマークした。

プレッチェルは皇后杯優勝を仲間と喜びあった‐永塚和志撮影
リバウンドへの強いこだわり
皇后杯の決勝ではパスを受けるやいなや、ワンモーションの素早いリリースから打つ3Pが決める場面があった。ところがプレッチェルは流れるようなシュートを放つ技量を持ちながら、自身の仕事がリバウンドであることを強調した。
「リバウンドは私のすべきことの一つです。シュートを決められるかどうかは私に制御のしようもありませんが、リバウンドを取りに行く努力は自分で制御できます」。

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