宮崎早織、笑顔と涙が同居した“最終日”
昨年度から始まったWリーグの新たなトーナメント大会「ユナイテッドカップ」。そのファイナルラウンドが2月13日から行われ、15日に決勝戦を迎えた。
その決勝戦で頂点に立ったのは、宮崎早織が所属するENEOSサンフラワーズ。対するデンソー アイリスを69-62で破っての頂点だった。
歴史の浅い大会の意義はまだ確立されていない。換言すれば、チームも選手もどのようにしてこれを戦うべきか、総じて手探りの状態だ。しかし、だからこそ、今年のファイナルラウンドは「宮崎早織のための大会」となった。
日本代表として東京、パリと2度のオリンピック出場を果たしてもいる宮崎早織。去りゆくヒロインはこれまでで同様、必死の形相でコートを駆けた。齢はまだ30歳。力が衰えたわけでない。経験とリーダーシップが必要なポイントガードを担う彼女はむしろ、全盛期のままユニフォームを脱ぐ決断をしたことになる。
そのことは、今回のユナイテッドカップファイナルラウンドでも示された。チームの主力中の主力としてコートのど真ん中に経ち続け、相手を攻守でかき回した。

決勝でドリブルで駆け上がる宮崎-永塚和志撮影
激闘を制して最終日へ──宮崎が示した存在感
トヨタ紡織サンシャインラビッツとの準々決勝を60-59の接戦で制したENEOS。続く、翌日の準決勝でENEOSUはWリーグ2連覇中の富士通レッドウェーブを85-74で下して、最終日に歩みを進めた。
ただでさえ走るゲームを志向するENEOS。3日連続となるファイナルラウンドで、準決勝から登場となったデンソーを相手にするのは分が悪い。そういった見方もあったが、杞憂だった。
宮崎早織と彼女の盟友・馬瓜エブリンの卓越した叱咤によって選手たちは果敢にリングを攻める。さらに、リバウンドやルーズボールをもぎとった。
試合は序盤から熱量高く入ったENEOSがやや優勢に進める。デンソーが身長196cmの長身でかつ3Pにも長じるアメリカ人、アシュテン・プレッチェルに対しての対処に苦戦したことなどもあった。それでも途中、デンソーも意地を見せて迫ってきたが、終盤はENEOSが再度、引き離して細長い優勝カップを手にした。

宮崎早織 | ユナイテッドカップ優勝杯を抱き笑顔-永塚和志撮影
涙の皇后杯、笑顔のユナイテッドカップ──変わらない“戦う姿勢”
1月の皇后杯決勝後、勝利の直後に号泣した宮崎早織。しかし、今回のユナイテッドカップはそれとは違い、笑顔だった。
試合直後のコート上のインタビューでティム・ルイスヘッドコーチや馬瓜が彼女のことに触れた時には、目が紅く滲んでいた。こらえていたものが溢れた様子だった。
このファイナルラウンドでは彼女がいつも以上に笑顔でいたことが印象的だった。最後は自分らしく笑顔で終わりたい――。そんな気持ちでいたのではないか。
あまりにも綺麗な現役生活の終わり方。Wリーグも近年では選手の遺跡が活発化してきたが、宮崎早織は2014年の入団から一貫してまばゆいほどの黄色くENEOSのユニフォームを着続けた。
「本当に、一度もなかったんですよね」

最後まで笑顔で声援に応える宮崎(右は馬瓜エブリン)-永塚和志撮影
ENEOSで育ち、咲いた12年──黄金世代が与えた影響
入団当初から主力だったわけでなく、自身が語るように「遅咲き」だった宮崎早織。バスケットボール界で広く認知されるようになったのは12年のキャリアの後半だった。そのキャリアの中でENEOSから出ることを考えたことはなかったのか問われた彼女は、このように返した。
「小さい頃からの夢がENEOSでプレーをすることでした。正直、他のチームに魅力を感じたことは一度もありませんでした。ENEOSが1年目から育ててくれましたし、黄金世代(の中)にも入れてもらえて、勝つことの大切さ、勝つためにどうやって向かっていかなきゃいけないかという気持ちの強さをたくさん学ばせてもらいました」
宮崎のいう「黄金世代」とは、渡嘉敷来夢(現アイシン ウィングス)や吉田亜沙美(現三菱電機 コアラーズ)、間宮佑圭さんといった日本を代表するスター選手を擁し、リーグ11連覇を果たすなど絶対的な実力を誇っていた頃を指す。

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