“大根踊り”が話題を呼んだ箱根駅伝
大根踊り(正式には”青山ほとり”)が帰ってきた。東京農業大学は第102回箱根駅伝で2年ぶりに本選へ復帰。往路スタート地点などで名物応援”大根踊り(正式には:青山ほとり)”を披露した。
SNS上では、その雄姿が拡散された。しかし、大根踊りの歴史的経緯や楽曲に込められたメッセージなど、その応援歌の本質が語られることは無かった。
東京農業大学全学応援団を取材し続けているJournal-ONEでは、改めてその本質を紹介。東京農業大学の学生たちが令和に受け継ぐ伝統応援とその意義について改めて紹介したい。

大根踊りを演舞する東京農業大学全学応援団-Journal-ONE撮影
箱根路に響いた“大根踊り”―2年ぶりの復帰が意味するもの
2026年1月2–3日に行われた第102回箱根駅伝。現地では全学応援団のリーダー部、吹奏楽部、チアリーダー部が一体となって演舞した。大根踊りで本戦復帰の喜びを体現し、選手たちを鼓舞した。
その様子はSNSでも映像や写真で拡散し、再び“箱根の風物詩”として注目を集めた。しかし、大きな反響の一方で、大学は学生保護の見地から無断撮影・無断投稿への「削除要請」を公式に表明。一部の悪意ある撮影・投稿により、担い手の安全と尊厳を守る必要があるとの立場を示した。
議論は賛否を呼んだが、伝統を未来に継ぐための現実的課題が可視化された出来事でもあった。

令和の若者が伝統を継いでいる‐Journal-ONE撮影
”大根踊り”の起源
「青山ほとり」は東京農業大学の応援歌だ。作詞・作曲は1923年(大正12年)当時の同大高等科3年生・市山正輝による。
常磐松(渋谷区)時代に大学が青山近くに所在した歴史。加えて、作詞者の故郷・函館湯の川温泉付近の民謡旋律が原曲になっていると伝わる。
この応援は、全学応援団(リーダー部、吹奏楽部、チアリーダー部)を中心に受け継がれている。大学や応援団の公式サイトや資料では、学歌や応援歌のレクチャー動画も公開されているほど。大根踊りは、学生や卒業生にとってのアイデンティティとして位置付けられているのだ。
箱根駅伝はもちろん、東都大学野球連盟と北海道学生野球連盟に所属する硬式野球部などの応援で見られる大根踊り。他にも、収穫祭や入学式などの学校行事でも披露され、卒業生は披露宴などでも演舞するそうだ。

明治神宮野球大会では東農大オホーツクを応援-Journal-ONE撮影
なぜ「大根」を振るのか―諸説ある“踊り”の始まり
現在のように大根を手にして踊るスタイルは、応援歌制定当初からあったわけではない。
応援団歌集では1951年11月に渋谷駅ハチ公前で演舞したのが最初とする説。1932年の旧両国国技館での相撲応援で始まったとする説。あるいは、1952年の収穫祭での宣伝のために考案されたとする説。複数の来歴が併存する。
いずれにせよ、農の大学らしい“豊穣”の象徴としての大根が、ユーモアと迫力のある身体表現に結びつき、独自の応援文化へと発展したことは間違いない。
歌詞の要旨―「命あっての物種」を言祝ぐ、農の哲学
歌詞を読んでみると、東京農業大学の哲学が見えてくる。
常磐松にそびえる学び舎と健児の意気の語りから始まる歌詞。続けて、米作を中心とした農の価値と生産についての言及へ進む。そして、「人は食べずに生きられない」という根源的真理と、農に従事する者への敬意や良縁を勧めるユーモアまで。テーマ性のある歌詞となっている。
すなわち、農業の尊さ、食の循環、共同体の連帯といった農の哲学。これを軽妙な節回しと、笑い、気概で心をひとつにする「行動の詩」となっている。公式HPや応援団の紹介文でも、農を讃えるメッセージ性と民謡を取り入れた旋律の親しみやすさが強調されている。

松葉緑(まつばみどり)の校旗も常磐松に由来‐Journal-ONE撮影
大根のフードロス対策―育て、収穫し、配り、食べる
伝統に則り、使用する大根は「葉付き」が原則だ。演舞で一度使用した大根は傷みが進むため使い回しはせず、観客へ無料配布したり、団員の食事に活用する慣行がある。
応援の象徴を“食”へと還元する、極めて農大らしいサステナブルな実践も脈々と受け継がれているのだ。




















