「冬枯れの枝に、すでに美しさは宿っていた
あの夜、私たちはソメイヨシノばかりを見ていた。
3月30日、長居植物園。池の向こうの島は、5分咲きのソメイヨシノが夕陽を受けて淡く滲んでいた。植物園スタッフの瀬川氏が、その島を指しながら静かに言った。「満開になると、風が止まった瞬間に水面が鏡へと変わるんです。逆さ桜になって、空の青と溶け合う」。
しかし、チームラボが今年初めて挑んだしだれ桜の展示は、この池の島ではなく、別のエリアにある。レストハウス前に立つ、《呼応する木々 – しだれ桜》の舞台だ。

チームラボ《呼応する木々 – しだれ桜》©チームラボ
「今は、冬枯れがかっこいい」
日没後、チームラボの中村氏がそのエリアを前にして、ぽつりと言った。「今は、冬枯れがかっこいい。花が咲くとまた違う良さが見られると思う」。まだ花は一輪も開いていなかった。それでも、その目には確信があった。
この作品では、花びらだけでなく、しだれ桜の幹にも枝にも光で作品を描く。それによって、闇の中に浮かび上がるのは、しだれ桜が持つ独特のしなやかな枝ぶりそのものだ。ソメイヨシノの作品が「花びらという現象だけを純粋に抽出する」引き算の美学だとすれば、しだれ桜の作品は「枝ぶりという生命の造形ごと光で作品を描く」豊かさとも言える。同じ桜でも、まったく異なる哲学がそこにある。
中村氏のチームラボとこの植物園との関係は、夜の展示にとどまらない。最初に足を踏み入れたとき、サルスベリの木は右手側にしか育っていなかった。根が詰まり、日も届かず、細く頼りなく立っていた。植え替えを提案し、両脇に光が入るよう間隔を空けた。「今やすごく立派なサルスベリになりました」と中村氏は言う。植物の力を引き出すことが、そのまま作品の強度になる。作り込みすぎると、木そのものの強さが消えてしまう。冬枯れの枝ぶりに美しさを見出す眼差しは、その哲学と地続きだった。

チームラボ《呼応する木々 – しだれ桜》©チームラボ
4月4日、開花の知らせ
あの夜の取材から5日後、赤刎氏からメッセージが届いた。「しだれ桜が咲きました」と。簡潔な言葉だったが、その裏に、何日も桜を待ち続けた現場の時間が透けて見えた。
「今は、冬枯れがかっこいい」と言った中村氏は、この知らせをどんな表情で受け取ったのだろう。枝ぶりの美しさを知る者だけが、花が咲いたときの喜びを二重に味わえる。
しだれ桜の見頃は、もう長くはないだろう。それでも、あるいはだからこそ、この光景には足を運ぶ価値がある。「完成がないからこそ、自然なのです」という赤刎氏の言葉を胸に、もう一度あの夜の続きを見に行きたいと思っている。

チームラボ《呼応する木々 – しだれ桜》©チームラボ
※《呼応する木々 – しだれ桜》は桜が散り次第終了となります。
この夜には、続きがある
桜が咲く前夜の空気と、チームラボが植物園に込めた思想の全貌は、連載4本でお届けしています。
→【連載①】長居植物園の静寂と「命のバトン」|チームラボのアートを支える昼の舞台裏
→【連載②】日々の開花状況に合わせて描く「現象」|チームラボが桜に捧げる技術の執念
→【連載③】境界なきアートと「生命の構造」|都市の夜空と共鳴する新しい美学
→【連載④・完結】一期一会の「桜の幽体」へ|ovoidが繋ぐ他者の気配と夜の咆哮

















