横浜BCのシーズンでの戦績は、横浜アリーナ開催前の時点で15勝23敗(東地区8位)と振るわない。河村のアメリカ行きによって球団の売上目標を下方修正するなど地に足のついた経営方針である印象の強い白井社長。横浜アリーナでの試合の目標集客数を当初は平均で9,800人に設定していたという。
チケットは12月中旬より売り出されていた。コートに近く210席ほどの「フロアVIP席」はそこから1週間ほどで完売した。一方で、総じた売れ行きは3,000-4,000人が売れた状態でとどまっていたそうだ。しかし、そこからのチケット広告やSNS施策が奏功。年明けから売れ行きが動き出した。
横浜アリーナを満たした観客の熱
最終的には7日の1試合目のチケットは前売りで約13,000枚が売れた。2試合目についても当時の朝までに約12,300枚が売れたという。つまりは大半の観客は事前に試合のチケットを購入していたということになる。
Bリーグではキャンペーン等の際に無償でチケットを「配る」こともあると聞く。しかし、横浜アリーナでの2試合ではほぼすべての来場者が有償で観戦をしたことになるという。
今回、1戦目ではベースボールシャツを来場者に配布。つづく、2戦目ではTシャツが配布された。その結果、スタンドは総じて横浜BCの青色に染まった。
とはいえ、レバンガのファンも多数訪れ同軍の明るい緑色もアリーナという「パレット」をランダムに染めてもいた。L北海道には日本代表で天才的なシュート力を持つ人気選手の富永啓生がいる。このことも予想以上の集客に成功を手助けした部分はあったかもしれない。
それでも、横浜BCの球団内ではチームの戦績もあって当初は「不安がなかったわけではない。」という思いがあったとあるスタッフは吐露している。
果たして、蓋を開けてみればアリーナは想定よりもかなり多くの観客を飲み込んだ。このことは球団関係者に安堵と自信をもたらしたに違いない。

B-ROSEのパフォーマンスも会場を盛り上げた‐永塚和志撮影
選手と指揮官が語る手応え
トゥオビHCが語った「美しい」光景の真意
横浜BCのラッシ・トゥオビヘッドコーチは1戦目の試合後のコート上でのインタビューで、アリーナの光景を「美しい」と述べた。後のメディア対応でその言葉の真意を問われた指揮官はこう答えた。
「ここに来るのは初めてですが、まずすばらしいアリーナであること。そして多くの方々が訪れ、同じ装いでイベントを楽しんでくれたことがこの場を美しくしたという意味でした。来場者の多くがここでバスケットボールの試合を楽しむために来てくれたように感じました」。
ファンの声援がチームをどれほど後押しするか。どれだけ科学が進歩しても、こればかりは永劫的に無形のもの。当然、数字化をすることはほとんど不可能だ。それでも、フィンランド代表でもHCを務めるトゥオビ氏はいつも以上の箱を埋めたファンによる「後押し」が感じられたと語った。
「負けは負けですですが、私たちは今晩のことを生涯にわたって忘れることはないでしょう」。

横浜BCのラッシ・トゥオビHC-永塚和志撮影
クラークが感じた“普段とは違う声援”
横浜BCのアメリカ人選手、ゲイリー・クラークはNBAでのプレーも経験しているベテラン選手だ。
横浜アリーナのコートに立ったことについて「すばらしいもので、あのような環境でプレーできたことは楽しいものだった。」と振り返った。彼もまた、普段とはまた違うファンの声援の力を感じていた。
「(僕たちがいつもプレーをしている横浜国際)プールは建物のスペースが広いこともあって音がとても反響する。だけど試合の最後まで競った1戦目などはファンの反応がものすごかった。だから、僕たち選手も互いに言っていることが聞こえないほどだった。最高だったよ」。

速攻からダンクを叩き込む横浜BC、ゲイリー・クラーク‐永塚和志撮影
球団の歩みと会場の歴史
bjリーグ時代から続く横浜BCの歩み
横浜ビー・コルセアーズが神奈川県初のプロバスケットボールチームとして設立されたのは2010年。今シーズンはそこから15年目のシーズンだ。Bリーグの前身の一つ、bjリーグでは2012-13シーズンに優勝を果たしている。
しかし、Bリーグでは初年度から3年連続で残留プレーオフを戦うなど低迷。ホーム集客も1,000人台にとどまり、競技面でも商業面でも苦戦をしてきた。

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