GWどこ行く?2026年は伊勢日帰り旅!

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イングランド戦で突破を図るロケティ(C)JRFU
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ロケティ・ブルースネオルは、今シーズン、大学ラグビーで最も注目されているルーキーだ。

目黒学院高校出身、東洋大学1年のロケティ。『ロケット』『怪物』と呼ばれるNO8(ナンバーエイト)。

身長185cm、体重110kgの体躯を活かしたボールキャリーが武器のロケティ。3月、第51期の高校日本代表のイングランド遠征で、史上初めて外国人ながらキャプテンに選出された。

高校日本代表の桑原立監督が「一番、選手に勇気をもたらす」と期待した通り、U19イングランド代表戦で、後半だけでハットトリックを達成し、45-31の勝利に大きく貢献した。

U19イングランド戦でハットトリックを達成したロケティ(C)JRFU

U19イングランド戦でハットトリックを達成したロケティ(C)JRFU

高校日本代表主将ロケティが示したリーダーシップ

全世代を通じた初の快挙

各世代を通して、15人制のラグビーで日本代表が『ラグビーの母国』イングランド代表に勝利したのは史上初めてのことだった。

「勝てて、めっちゃうれしかった。最初は勝てないと思ったが、最後の最後でチームが1つになったから、勝てると思った。遠征は良い思い出になった。食事も美味しかったが、一番、楽しかったのは試合。将来、日本代表になって、またイングランド代表と対戦したい」とロケティ。

全世代を通じて初めてイングランド代表に勝った高校日本代表(C)JRFU

全世代を通じて初めてイングランド代表に勝った高校日本代表(C)JRFU

現地での修正が功を奏す

今年に入り、1・2月と合宿を重ねて準備した高校日本代表だったが、イングランド遠征の初戦、プロクラブのU19ハーレクインズ戦は36-38で敗戦した。イングランド代表戦まで中3日しかなかったが、若き日本代表はそこからしっかり修正して臨んだ。

「ハーレクインズ戦は、前半は勝っていた(31-14)が、後半、逆転されて負けた。運動量が足りなかった。3日間で、きつい中でもみんなでコミュニケーションが取れるように、1人ひとり自分たちがやってきたことをがんばった。相手はフィジカルがあり、でかくて、足も速かったが、1人ではなくワンチームに、(スローガンの)『KNOTS』(結び目)になることができたから勝てた」(ロケティ)。

キャプテンのロケティは、プロ選手がいたイングランド代表との戦いでも、プレーでチームを鼓舞し続けた。「キャプテンとして、リーダーシップは試合中で話すだけでなく、練習や試合の自分のプレーが一番大事だと思うので、自分のキャリーやタックルをみんなが見て、『いける』と思えるように、一番がんばった」と大きな胸を張った。

高校日本代表でキャプテンを務めたロケティ(C)JRFU

高校日本代表でキャプテンを務めたロケティ(C)JRFU

ロケティの原点 トンガから日本へ渡った理由

トンガで育まれたラグビー人生

ロケティはトンガ出身。5人兄弟の長男で、3月に生まれたばかりの妹を含めて、下に4人の妹がいる。農業を営む父が地元のクラブで、SO(スタンドオフ)としてラグビーをしていた影響で、3歳くらいから家族と一緒に試合映像を見ていた。実家がラグビーグラウンドの隣にあったため、5歳くらいから家にあったボールで、一人で競技を始めた。

中学はトンガカレッジアテレで、主にCTB(センター)としてプレーしていた。「トンガではラグビーで就職できない。プロになるには海外にいくしかない」。最初に目黒学院から誘われたこともあり、「チャンスだと思った」と、故郷から8,000km離れた日本でプレーすることを決意した。

目黒学院で開花したロケティ NO8転向と全国区への飛躍

目黒学院に入学後、竹内圭介監督からポジション転向を促されたロケティ。BK(バックス)のCTBから、FW(フォワード)のNO8となった。

コロナ禍でラグビーができない中学時代に、ご飯を食べ過ぎて大きくなり、「昔は細かったから、ラグビーをやる上では良かった」。

来日して、一番驚いたのは「練習が長くて、きつかった。最初は辞めようと思った(苦笑)。だけど、頑張ってだんだん慣れた。」とのこと。

高校時代、印象に残っている試合は高校1年の花園予選決勝だった。下馬評では東京都のライバルである國學院久我山が有利。しかし、1年生ながら先発したロケティが、2トライを挙げて15-12で勝利し、花園への切符を得た。

ロケティは花園の2回戦でハットトリックを達成し、続く選抜大会の1回戦で東福岡を倒した。その結果、すぐに全国的に知られる選手へと成長した。

■記者プロフィール
斉藤 健仁
スポーツライター。1975年生まれ、千葉県柏市育ち。ラグビーと欧州サッカーを中心に取材・執筆。2012年から2015年までエディー・ジャパン全54試合を現地で取材。ラグビー専門WEBマガジン「Rugby Japan 365」「高校生スポーツ」の記者も務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。「ラグビー語辞典」(誠文堂新光社)、「今こそ行きたい 欧州サッカースタジアム巡礼」(エクスナレッジ)など著書多数。
≫「X」アカウント
https://twitter.com/saitoh_k
アクセス
東洋大学川越キャンパスラグビー場
  • 東海道新幹線 東京駅 - 東京メトロ丸ノ内線(16分)- 池袋駅 - 東武東上線(41分)- 鶴ヶ島駅 - 徒歩19分
Journal-ONE投稿記者-斉藤 健仁
取材・文:
斉藤 健仁( 日本 )
この記事に関連する人物
中山 亮平

1988年生まれ、大阪府出身。日本ラグビー界屈指のBKとして浦安D-Rocksで活躍中。日本代表通算30キャップを誇り、ラグビーワールドカップでは、2019年日本大会と2023年フランス大会に出場。2019年日本大会では、日本代表初のベスト8入りに貢献した。東海大仰星高校3年時には花園で全国制覇を果たし、早稲田大学でも1年時から大学選手権優勝を経験。コベルコ神戸スティーラーズでは12シーズン活躍し、2025-26シーズンからは浦安D-Rocksへ移籍した。

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