最後に
ニンテンドーミュージアムは“ゲームの施設”ではなく、“遊びの文化”の場所だ。
ニンテンドーミュージアムを歩いていると、何度も「懐かしい」と「初めて」が交互に訪れる。懐かしいのは、幼い頃の自分がそこに戻るから。初めてなのは、当時は気づかなかった“任天堂の工夫”が今になって見えるからだ。
そして一番の収穫は、展示物ではなく、自分の中にある記憶かもしれない。どのゲームで笑ったか。誰と遊んだか。どんな時間を過ごしたか。そうした断片が、展示の間を歩くたびに拾い上げられていく。
京都の旅は、寺社仏閣だけで完結しない。古都の歴史を辿る旅に、現代の遊びの文化を重ねる。その重なりが、旅の輪郭を少しだけ立体的にしてくれる。次の京都旅行に、この場所を組み込む価値は十分にある。


















