ファフ・デクラーク。代表キャップ60を誇り、ラグビーワールドカップで南アフリカの2連覇に貢献したSH(スクラムハーフ)だ。
そのファフ・デクラークが、4シーズンを過ごした横浜キヤノンイーグルスを今季限りで退団する。
2019年、日本で開催されたワールドカップでは『スプリングボクス』こと、南アフリカ代表の9番として日本代表とも対戦し、優勝に貢献した。ゲームドライバーとしてテンポの良いアタックを生み出す。加えて、172cmの小柄な体躯ながら、大きな相手にもひるまずタックルを繰り返す姿を覚えているファンも多いはずだ。

ファフ・デクラークが今季限りで日本を去ることに‐斉藤健仁撮影
2022年、横浜キヤノンイーグルスに入団
母国・南アフリカだけでなく、イングランド・プレミアシップのセール・シャークスでも活躍したファフ・デクラーク。
2022年、新たなチャレンジの場として選んだのが日本の横浜キヤノンイーグルスだった。
入団会見の会場は、2019年ワールドカップ決勝の舞台でもあった『日産スタジアム』。約700人のファンやアカデミー生が見守る中で実施された。
イーグルスの永友洋司GM(当時)は、南アフリカ代表としての実績や欧州での経験を紹介。続けて、「勝者のメンタリティをチームに根付かせてほしい」と期待を寄せた。加えて、将来のラグビー界を担う子どもたちにとって、象徴的な存在になることにも期待を示していた。
当時の指揮官だった沢木敬介HC(ヘッドコーチ)も、「環境が変わっても力を発揮できるのが本当の一流」と評価。プレーだけでなく、日々の取り組みや姿勢を含めた影響力にも期待を寄せていた。

入団会見の際のデクラーク‐斉藤健仁撮影
練習中も試合中もチームを引っ張る存在に
ファフ・デクラークが日本、そしてイーグルスでプレーすることを決めた理由。これについては、「日本でワールドカップが開催された時、10週間滞在した。その際、本当に気に入り、何年かプレーできると思った。」と話していた。
さらに、「南アフリカの選手が、日本のラグビーや生活を楽しんでいると聞いて、それも魅力的だった。日本の文化が大好きで、沖縄や富士山に行ったり、雪遊びをしたりしたいと思っていた。また、南アフリカを経て、シャークスで5年プレーし、居心地が良くなると成長が止まってしまう。自分を成長させるために、新たなビッグチャレンジに挑みたいと思った。」とも語っていた。
イーグルス加入後のデクラークは、試合中のパフォーマンスだけでなく、練習、準備、トレーニングの段階から、チームに高い基準を示す存在となっていった。
ピッチ上では、アタックのタクトを握るSHとして、パスやキックで試合をコントロール。状況に応じて自ら仕掛けるプレーでも攻撃をけん引した。
FW(フォワード)を使いながら前進し、確実にゲインを重ねて外へ展開するプレーを徹底しつつ、スペースやチャンスが生まれた場面では迷わず自ら仕掛ける。その判断の速さと攻撃力は、チームに明確なリズムをもたらしていた。
また、守備面でも体格差を恐れずコンタクトに入る姿勢を見せ、攻守両面のパフォーマンスを通じて、周囲の選手に良い影響を与え続けた。
イーグルスでの特別な勝利と、負傷を越えて得た経験
イーグルスでの躍進とファフ・デクラークの存在感
そんなデクラークがイーグルスで最も輝きを見せたのは、加入直後の2022-23シーズンだった。チームはリーグ戦を4位で終え、リーグワンで初のプレーオフトーナメント進出を果たした。まさしくこのシーズン、デクラークは『チームの心臓』だった。
プレーオフ準決勝では埼玉パナソニックワイルドナイツに20-50で敗れたものの、3位決定戦では東京サントリーサンゴリアスに26-20で勝利し、3位に入った。デクラークは、イーグルスでの「一番印象に残った試合」としてこの一戦を挙げ、次のように振り返った。
「トライを挙げることもできたし、チーム全員が最後まで戦い抜いたことが強く印象に残っている。クラブにとっても大きな意味のある勝利だったし、自分にとっても特別な瞬間だった」。

2023年、イーグルス初のPO準決勝 安定感あるプレーを見せたデクラーク‐斉藤健仁撮影
負傷を乗り越えて得た学びと経験
一方で、日本での4シーズンは、常に順調だったわけではない。2023年のラグビーワールドカップフランス大会では、再びスプリングボクスの主軸として2連覇に貢献した。しかし、その後の2023-24シーズンは序盤に負傷し、長期離脱を余儀なくされた。翌シーズンも終盤に再び負傷し、今シーズンも開幕戦でケガを負った。その結果、復帰は3月までずれ込んだ。

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