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ファフ・デクラークの退団会見‐斉藤健仁撮影
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こうした状況について、本人は次のように振り返っている。「4年間で何度かケガをしてしまい、プレーできなかった時間があったのは残念。ただ、その分、いろいろなことを違う角度から見ることができたし、チームの中でどう関わるかという点でも学ぶことがあった。プレーできない時間も含めて、すべてが自分にとって意味のある経験だったと思う」。

2023年の3位決定戦でのデクラーク‐斉藤健仁撮影

2023年の3位決定戦でのデクラーク‐斉藤健仁撮影

日本での成長と、家族のもとへ戻る決断

来日した理由を「自分を成長させるため」と語っていたファフ・デクラーク。そして、その言葉どおり、日本での経験は自身のプレーにも変化をもたらしたという。

「日本のラグビーはテンポが速く、ボールが動く時間も長い。それゆえ、アタックのチャンスが多いと感じた。ただ、そのチャンスを活かすためには、基礎的なプレーの精度がとても重要だ。さらに、キックの精度も大きなポイントになる。そういった部分は日本で特に意識して取り組んできたし、自分の中でも成長を感じられる部分だった」。

また、日本ラグビーへの貢献について問われると、少し考えた後、デクラークはこう答えた。

「正直、自分では何を残せたのか分からない。でも、ラグビーを好きになってくれる人が増えていたらうれしい。その結果、この競技への応援や関心が少しでも広がってくれていたらいいなと思う。これからも日本のラグビーが発展してほしい」。

今シーズン限りでイーグルス、そして日本を離れる決断に至った背景。そこには、家族の存在があった。

デクラークは「キヤノンでは思うようにいかない部分もあって、クラブとも話し合いはしていた。ただ、それ以上に大きかったのは家族のこと。これまで家族と一緒に過ごせる時間があまり多くなかった。そのため、今は家族のそばに戻ることを優先したいと思った。自分にとって家族は本当に大切な存在。」と前を向いた。

南アフリカ代表でもチームメイトだった盟友CTBクリエル(右)と‐斉藤健仁撮影

南アフリカ代表でもチームメイトだった盟友CTBクリエル(右)と‐斉藤健仁撮影

日本ラグビーとファンに送った感謝とエール

ファフ・デクラークが語る日本ラグビーの強みと課題

日本ラグビー全体の課題を問われた、ファフ・デクラーク。

「日本の選手は運動能力が高く、運動量でも相手を上回ることができる。」と、世界と戦える強みを挙げた。

そのうえで、「ただ、インターナショナルレベルになると、最終的にはフィジカルの強さやセットプレーの精度が非常に重要になる。特にスクラムやラインアウトで安定してプレーできるように。そうすれば、厳しい局面でも主導権を握れるようになる。」とエールを送った。

また、小柄な選手が多い日本のラグビーへのメッセージを求められたデクラーク。自身も172cm/88kgと決して大柄ではない。そんなデクラークは、「イーグルスのチームメイトで日本代表WTB(ウィング)の石田吉平のようにプレーすることが、1つの答えだと思う。」と指摘した。

4月の東芝戦、途中出場ながら勝利に貢献‐斉藤健仁撮影

4月の東芝戦、途中出場ながら勝利に貢献‐斉藤健仁撮影

日本での思い出とファンへの感謝

「日本では『戦う姿勢』を評価してもらっていたと感じている。そして、その姿勢は若い頃から身につけることが大事。自分より大きい相手にも全力で挑んで、とにかく恐れずにプレーしてほしい。ケガを恐れてプレーしていると、逆にケガをしてしまうこともあるので、思い切ってプレーすることが大事」。

日本での生活については、競技外で友人と過ごした時間が印象深かったようだ。

「特別な場所もたくさんあったが、一番印象に残っているのはシンプルな時間。友人たちと公園でバーベキューをしたり、何気ない時間を一緒に過ごしたりした。そういう時間がとても大切だった。本当に素晴らしい4年間だった」。

日本のファンへの思いを聞かれると、デクラークは感謝の言葉を繰り返した。

「本当に特別な存在。ピッチに立つたびに素晴らしい応援を感じていたし、選手に対するリスペクトもとても印象的だった。ここまで応援してもらった国はなかったし、本当に感謝している」。

ウォームアップ中のデクラーク‐斉藤健仁撮影

ウォームアップ中のデクラーク‐斉藤健仁撮影

デクラークが歩む次なる挑戦

10月に35歳を迎えるファフ・デクラーク。来シーズンは南アフリカに戻り、『チーターズ』でプレーを続ける。さらに、『スプリングボクス』復帰も視野に入れている。

■記者プロフィール
斉藤 健仁
スポーツライター。1975年生まれ、千葉県柏市育ち。ラグビーと欧州サッカーを中心に取材・執筆。2012年から2015年までエディー・ジャパン全54試合を現地で取材。ラグビー専門WEBマガジン「Rugby Japan 365」「高校生スポーツ」の記者も務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。「ラグビー語辞典」(誠文堂新光社)、「今こそ行きたい 欧州サッカースタジアム巡礼」(エクスナレッジ)など著書多数。
≫「X」アカウント
https://twitter.com/saitoh_k
アクセス

日産スタジアム(横浜国際総合競技場)

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    【営業時間】試合による 【定休日】毎週火曜日、年末年始  【その他】一般駐車場683台(新横浜公園内)
Journal-ONE投稿記者-斉藤 健仁
取材・文:
斉藤 健仁( 日本 )
この記事に関連する人物
中山 亮平

1988年生まれ、大阪府出身。日本ラグビー界屈指のBKとして浦安D-Rocksで活躍中。日本代表通算30キャップを誇り、ラグビーワールドカップでは、2019年日本大会と2023年フランス大会に出場。2019年日本大会では、日本代表初のベスト8入りに貢献した。東海大仰星高校3年時には花園で全国制覇を果たし、早稲田大学でも1年時から大学選手権優勝を経験。コベルコ神戸スティーラーズでは12シーズン活躍し、2025-26シーズンからは浦安D-Rocksへ移籍した。

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