ムーミンバレーパークはテーマパーク的な派手さはない。しかし、それがかえって想像力を刺激する。遊び方を決めるのは施設ではなく、訪れた子どもたち自身だ。
一方で、このエリアは大人にとっても心地よい居場所となる。木陰のベンチに腰掛け、ゆっくりと森の音に耳を澄ませる時間。子どもたちの遊ぶ姿を眺めながら、ただ風に揺れる木々を見つめるだけでも、不思議と心が解きほぐされていく。
頂上の奥にある”きのこの黒板”は、きのこの傘の下で休むことができる空間だ。加えて、誰でも自由に絵や言葉を描くことができる黒板は、まさに大自然にある屋外教室のよう。大人も童心に返って思い思いの表現を楽しんでいる。
このおさびし山の存在によって、ムーミンバレーパークの世界観は一気に立体的になる。湖と森、そして山。平坦ではない自然の起伏そのものが、ムーミンの物語が持つ奥行きや余白を象徴している。原作やアニメを細かく記憶していなくても問題ない。歩き、登り、立ち止まることで、誰もがムーミン谷の住人としての時間を自然に過ごすことができる。

ムーミンバレーパークの「おさびし山」エリアにある「ヘムレンさんの遊園地」。—Journal-ONE撮影
原作9作品を忠実に再現した“生きている物語空間”
ムーミンバレーパークの核にあるのは、「原作9作品を忠実に再現する」という強い意志だ。ただしそれは、単に見た目を似せるという表層的な再現ではない。物語の中で描かれてきた暮らしの気配、登場人物たちの息遣い、そして時間の流れそのものを、空間として立ち上げている。
物語の象徴・ムーミン屋敷を訪れる
象徴的な存在であるムーミン屋敷。そこは、遠くから眺めるだけでなく、その内部に足を踏み入れることで真価を発揮する。丸みを帯びた階段、家族それぞれの個性がにじむ部屋、何気なく置かれた家具や小物の配置。
──それらは、小説やアニメ、物語の挿絵を記憶している人ほど、「あっ、この場所だ」「ここがあのシーンだ」と胸が高鳴る瞬間に満ちている。ガイドスタッフと共に、友だちの家に遊びに来た感覚でムーミン屋敷の各所を巡っていく。
ムーミン一家は、残念ながらお留守のようだ。しかし、先程まで生活していた息づかいが聞こえてくるような温もりある家内。その細部の積み重ねが記憶を自然に呼び覚ます。こうして、来園者自身が物語を補完していく時間となる。

深い青を纏った「ムーミン屋敷」が、新緑の中に悠然と佇む。—Journal-ONE撮影
焚き火を囲んでスナフキンと語らう
ムーミン屋敷を出て湖畔をしばらく歩き、ムーミンバレーパークの最奥へ。すると、多くのムーミンファンが高揚する、”スナフキンのテント”が静かに佇んでいる。
焚火を前に座るスナフキンの姿は、こちらに話しかけてくるわけでも、何かを強要するわけでもない。けれど、そこには確かに「語りかけてくれる気配」がある。ベンチに腰掛け、スナフキンと同じ目線で焚火を見つめていると、不思議と心が落ち着き、余計な思考がほどけていく。
自由を愛し、孤独を恐れず、必要なときには仲間のもとを去るスナフキン。その哲学は言葉ではなく、こうした“静かな時間”として体験される。
ムーミンバレーパークは、キャラクターを消費させるのではなく、彼らの生き方にそっと寄り添わせる。だからこそ、この空間は「展示」ではなく、「生きている物語」として感じられるのである。

「おさびし山」の静寂の中で、パイプをくゆらせ、焚き火を見つめるスナフキンの像—Journal-ONE撮影
KOKEMUSで深まるムーミンの哲学と温もり
ムーミンバレーパークの体験を、より深く、より豊かなものにしてくれるのが、展示施設”KOKEMUS(コケムス)”だ。
フィンランド語で「体験」を意味するその名の通り、ここは“見る展示”ではなく、物語の中に入り込む展示が用意された場所。ムーミンの物語の世界観と思想を、頭ではなく心で受け取るための空間である。

豊かな緑の中に、突如として現れるモダンな建築。テラスで風を感じながら、私たちは北欧が育んだ深い哲学の一端に、そっと触れることになる。—Journal-ONE撮影
絵本の世界へ踏み込む体感展示―物語と一緒に進む体験
KOKEMUSのなかでも、最初に訪れるべき体験のひとつが、体感展示”それからどうなるの?”だ。


















