さらに期待を寄せるのが、新たに入部した1年生7人だ。
「夏には、一人、二人と出てくると思います。」
下坂監督は、グラウンドで汗を流す選手たちを見つめながら、静かに目を細めた。憧れが現実となった甲子園でのプレー。そこで得た経験は、確実にチームの底力を押し上げている。

”大人しい”選手たちに代わり監督自ら声を出すことも‐Journal-ONE撮影
地域との絆を再認識した甲子園──杉本仁主将が語る応援の力
甲子園で感じた地域の応援の重み
「甲子園は、見たり聞いたりする場所でした。」
杉本仁主将は、そう振り返る。だが、出場が決まった瞬間から、その“遠い存在”は一気に現実へと変わった。
「甲子園出場が決まってから、とにかく足りない部分を補い続けました。」
高知農業は、これまで四国大会への出場すら経験がなかった。だからこそ、甲子園に向けた準備はゼロからの積み上げだった。マシンを140km/h以上に設定し、速球への対応力を徹底的に鍛えた。守備も走塁も、すべてを“甲子園仕様”に引き上げる日々が続いた。
そして迎えた日本文理戦。普通なら緊張で体が固まってもおかしくない。しかし杉本主将は、淡々とこう語る。
「いつもと変わらない地域の皆さんの応援で、自分たちの野球ができた。」
一つのアウトで球場全体が揺れ、ヒットを打てば甲子園が震える。その声援は、プレッシャーではなく力に変わった。
「甲子園に出場したからではなく、今までどおりずっと応援し続けてくれているからです。」
この言葉に、高知農業の強さの本質がある。地域との絆が、選手たちを支えている。

打席の杉本主将を後押しする高知農業の大応援団-Journal-ONE撮影
地域への恩返しとしての“夏”
だからこそ、杉本主将は夏への思いを強く語る。
「センバツは、下坂監督と山下(蒼生投手)に連れて行ってもらいました。ですから夏は、自分たちが頑張って甲子園に連れて行きたい。」
その言葉には、主将としての責任感と、地域への恩返しの思いが込められていた。
学業と部活動の両立について尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「仲間と海に入って泳ぐことです。」
身体を動かすことが好きで、特に仲の良い先輩たちとよく海に行っていたという。今は登山にもハマっている。
「家の裏にある山、その奥にも山があるので、登山を良くします。」
一歩一歩、着実に進む登山のように、夏の甲子園へ向けて歩みを進める。その頂に広がる景色を、彼らは確かに見据えている。

「今度は自分たちが」と打撃練習にも熱が入る‐Journal-ONE撮影
“今を一生懸命”が導く未来──高知農業が目指す次の頂
下坂監督が大切にしている言葉がある。
「今を一生懸命。」
これは、監督自身が少年時代に出会った恩師から受け継いだ教えだ。
「エラーをしても怒らない恩師でした。その代わり、常に野球のことを考える野球バカになれと言われていました。」
“野球を楽しめ”──その教えが、今の下坂監督の野球観を形作っている。
2015年の着任以来、コーチ・監督としてチームを率い続け、2021年には新入部員ゼロで連合チームを経験するなど、決して順風満帆ではなかった。
それでも指導を続けてこられたのは、この教えが心の支えになっていたからだ。
甲子園での戦いを終え、地域の皆さんに挨拶に回った際、思いがけない言葉を多く受け取った。
「感動した」「校歌を聴いて涙が出た」
OBでもない地域の方々が涙を流す。その事実こそが、高知農業が地域に愛されている証だった。

下坂野球のモットーは”今を一生懸命”だ-Journal-ONE撮影
地域とともに進む未来──高知農業が描く次の挑戦
高知農業の甲子園初出場は、偶然でも奇跡でもなく、日々の積み重ねと地域の支えが結びついて生まれた必然だった。下坂監督が大切にしてきた“今を一生懸命”という言葉は、選手たちの姿勢に確かに根づき、甲子園という大舞台でその成果を示した。敗戦の悔しさも、得点を挙げた喜びも、そして地域の方々から寄せられた温かい言葉も、すべてがチームの血肉となっている。
杉本主将が語った「夏は自分たちの力で甲子園に連れて行きたい」という言葉には、主将としての責任感と、地域への恩返しの思いが込められていた。甲子園で感じた声援の重みは、彼らにとって単なる応援ではなく、自分たちの背中を押し続けてくれる確かな存在として刻まれている。














