第98回選抜高校野球大会に21世紀枠で春夏通じて初出場を果たした高知農業高校野球部は、その“特別な場所”を経験したことで、チームとしても個人としても大きな変化を遂げた。
今回、下坂充洋監督と杉本仁主将の言葉から浮かび上がったのは、単なる「初出場校の物語」ではない。
それは、地域に支えられた公立校が、努力と覚悟でつかんだ挑戦の軌跡である。
加えて、甲子園がもたらした成長と課題を真正面から受け止め、次の夏へと歩みを進める物語である。
高知農業が見せた姿は、地方の公立校が持つ可能性と、地域に根ざしたチームの強さを改めて示すものだった。

甲子園 開会式で整列する高知農業ナイン‐Journal-ONE撮影
甲子園が導いた気づきと悔しさ──下坂充洋監督が語る舞台裏
チーム力の差を隠せない甲子園
「甲子園は憧れ。一生をかけてでも追い求めたい場所でした。」
下坂充洋監督は、そう静かに語り始めた。その言葉には、少年時代から抱き続けた純粋な憧れと、長い年月を経てようやく辿り着いた舞台への深い思いが滲んでいた。
下坂監督自身も高校時代、甲子園を目指して白球を追いかけた一人だ。高知県立岡豊高校で中心選手として活躍し、2010年の高知県大会では甲子園まであと一歩というところまで迫った。しかし、準決勝で明徳義塾高校に0-1で惜敗。「あと一球」「あと一本」──その悔しさは、今も胸の奥に残っているという。
その後、東都大学野球連盟の名門・東京農業大学に進み、野球を続けた。「一生をかけてでも」と語った夢は、皮肉にも30代前半で叶うことになる。だが、そこで見た現実は甘くなかった。
「甲子園という舞台では、チーム力を隠すことはできなかった。特に、広い甲子園のフィールドでは、カバーリングなどのミスが大きく勝敗に影響した。」
甲子園の広さ、観客の熱気、そして相手校の完成度。そのすべてが、チームの弱点を容赦なく浮き彫りにした。夢の舞台は、同時に厳しい現実を突きつける場所でもあった。

甲子園で試合前ノックをする下坂監督-Journal-ONE撮影
甲子園で得た収穫と課題
「出場32校で最弱のチームです。県大会でも2回戦を勝つことがやっとのチームでしたから。」
下坂監督は、決して自分たちを過大評価しない。むしろ、冷静に現実を見つめ、足りない部分を正確に把握している。だが、チーム史上初の得点を挙げた瞬間を振り返ると、悔しさと同時に確かな手応えも感じていた。
「本来ならば、あの場面は3点取らなければいけない展開でした。」
甲子園でのプレーは、選手たちにとっても監督にとっても“次のステージ”を意識させるものだった。
「選手たちは甲子園の大舞台を経験し、度胸が付いてきました。強豪の日本文理さんと戦わせていただき、自分たちも思いのほかできると自信になった。」
甲子園は、弱点を突きつける場所であると同時に、自分たちの可能性を知る場所でもある。高知農業は、その両方を確かに受け取った。

下坂監督は1時間以上ノックバットを振り続けていた‐Journal-ONE撮影
高知農業が示した公立校の希望──接戦が育てた成長
甲子園後、高知農業は目に見えて変わった。第79回春季四国地区大会の県代表順位決定戦では、強豪・高知商業を相手に2-4と接戦を演じた。さらに四国大会初戦では、愛媛の新田高校と延長タイブレークまでもつれ込む激闘を繰り広げた。
「強豪校との接戦を落とし、こういった接戦を勝ちきるには自分たちで何とかしようとする力が必要と痛感した。」
下坂監督は、勝敗以上に“接戦を戦い抜く力”の重要性を語る。特に課題として挙げたのは、得点力の底上げだ。
「山下(蒼生)以外の選手からでもタイムリーが打てる。強豪と比べ、選手一人一人にフォーカスされるとどうしても厳しい展開となる。」
高知農業の選手たちは、監督が言うように“人の良さ”がにじみ出るタイプが多い。それは長所である一方、勝負どころでは弱さにもなる。
「自分を表現するのが苦手な子たちなんです。」
だからこそ、監督は“自分が決める”という意識を持たせることに力を注いでいる。練習では、選手たちの表情が明らかに変わった。「自分が防ぐ」「自分が決める」──その意識が、プレーの一つひとつに宿り始めている。


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高知農業高校
- 高知駅 - 土讃線(18分)- 後免駅 - 徒歩12分
- 取材・文:
- 編集部-矢澤( 日本 )













