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モウンガ、日本でのラストシーズンを飾れるか‐斉藤健仁撮影
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モウンガは、強豪ニュージーランド代表の10番を務めてきた司令塔である。まさに世界最高峰といえるその男が、日本での集大成を迎える。3連覇を懸けた最後のプレーオフへの挑戦だ。

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日本にやってきた世界最高峰の司令塔

NTTジャパンラグビー リーグワン』で連覇を達成した東芝ブレイブルーパス東京。だが、3連覇のかかった今シーズンは、開幕戦で埼玉パナソニックワイルドナイツに、0-46と完封負けの黒星スタートとなり、シーズン中盤は7連敗と厳しい戦いを強いられた。

それでも6位でプレーオフトーナメントに滑り込み、5月24日(日)の準々決勝では、東京の『秩父宮ラグビー場』で、3位のクボタスピアーズ船橋・東京ベイと激突する。

2シーズン連続でリーグワンのMVPに選ばれ、連覇の立役者である元オールブラックスのSO(スタンドオフ)リッチー・モウンガ(31歳)。彼は、チームメイトのFLシャノン・フリゼルとともに、今シーズン限りでチームを退団。そして、ニュージーランドに復帰する。

オールブラックス時代のモウンガ、日本代表とも対戦した‐斉藤健仁撮影

オールブラックス時代のモウンガ、日本代表とも対戦した‐斉藤健仁撮影

来日前の実績と決断

2023年のワールドカップフランス大会後に来日したモウンガ。クルセイダーズ(ニュージーランド)では、スーパーラグビーの7連覇を支え、ニュージーランド代表『オールブラックス』でも10番を背負ってきた。2019年は3位、2023年は準優勝を経験するなど、2大会連続でワールドカップにも出場を果たした。

その世界最高峰の司令塔が、自国を離れ、3年契約を結び、日本でプレーすることを決断した。

「日本に来ることを常に夢見ていた。数年前から海外でプレーしてみたいと思っていた。日本を選んだのは美しい国で、人々も素晴らしいし、とても美しい風景がある。私自身、それに妻と子供にとってもいい判断だと思ったし、異なる世界のラグビーに貢献したい」と、日本、そしてブレイブルーパスに来た理由を説明した。

日本で3シーズンを過ごしたモウンガ‐斉藤健仁撮影

日本で3シーズンを過ごしたモウンガ‐斉藤健仁撮影

加入直後から別格の存在感

ブレイブルーパス加入後、オールブラックスの司令塔はすぐにチームの中軸となった。高いゲームコントロール能力と判断力、正確なキックと鋭いランなど、どれを取ってもリーグワンの中で別格の存在感を放っていた。

入団前に、モウンガは「何年かこのクラブに身を置くことで、どこかでタイトルを取りたいし、3年間は、東芝で成功するための最良の機会」と話していた。

その言葉通り、入団初年度の2023-24シーズンには早速、ブレイブルーパスのリーグワン初優勝に貢献し、クラブに14シーズンぶりにタイトルをもたらした。4月には最愛の父が急逝するという不幸も乗り越えながら、プレーオフも含めて15試合に10番をつけて出場し、シーズンMVPとベスト15にも輝いた。

連覇の中心に立った2年目

続く2024-25シーズン、「(昨シーズンの優勝に)満足しているのなら、私たちはただタイトルを1つ獲得しただけのチームで終わる。それは自分たち次第」と、モウンガは冷静に次を見据えていた。

リーグ戦を1位で通過。プレーオフトーナメントでは、準決勝で右手を骨折する中でも決勝に出場。見事、中心選手としてチームを牽引し、ブレイブルーパスの2連覇に貢献。さらに2年連続でシーズンMVPとベスト15に選ばれた。

ただ、モウンガ自身は個人の活躍を強調することは少なかった。「私は最高の選手になりたいとか、自分が注目されたいとか、自分の力を試したいという思いで日本に来たわけではない。ここに来た時から、チームとしてどう成長できるかを大事にしてきた。1人では何もできない。周りの選手たちがいたからこそ」と、退団会見でも、繰り返しチームメイトへの感謝を口にしていた。

連覇を達成した東芝ブレイブルーパス東京‐斉藤健仁撮影

連覇を達成した東芝ブレイブルーパス東京‐斉藤健仁撮影

チームに残した『基準』と日本で得た学び

ニュージーランド出身のトッド・ブラックアダー ヘッドコーチも、モウンガがチームにもたらした影響について、「世界トップレベルの選手が、毎日どう準備するのかを若い選手たちは間近で見ることができた。プレーだけではなく、日々の姿勢や基準を示してくれた」と話した。

モウンガ自身も、日本ラグビーから学ぶことが多かったという。「日本のラグビーはテンポが速く、オープンな展開が多い。その中でどうゲームをコントロールするかを考えるのは面白かった。」と振り返る。

■記者プロフィール
斉藤 健仁
スポーツライター。1975年生まれ、千葉県柏市育ち。ラグビーと欧州サッカーを中心に取材・執筆。2012年から2015年までエディー・ジャパン全54試合を現地で取材。ラグビー専門WEBマガジン「Rugby Japan 365」「高校生スポーツ」の記者も務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。「ラグビー語辞典」(誠文堂新光社)、「今こそ行きたい 欧州サッカースタジアム巡礼」(エクスナレッジ)など著書多数。
≫「X」アカウント
https://twitter.com/saitoh_k
アクセス

秩父宮ラグビー場

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    東京都港区北青山2-8-35
  • TEL
    03-3401-3881
  • アクセス
    JR 千駄ヶ谷駅・信濃町駅 - 徒歩15分
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    駐車場・駐輪場はございません。公共交通機関をご利用ください。
Journal-ONE投稿記者-斉藤 健仁
取材・文:
斉藤 健仁( 日本 )
この記事に関連する人物
中山 亮平

1988年生まれ、大阪府出身。日本ラグビー界屈指のBKとして浦安D-Rocksで活躍中。日本代表通算30キャップを誇り、ラグビーワールドカップでは、2019年日本大会と2023年フランス大会に出場。2019年日本大会では、日本代表初のベスト8入りに貢献した。東海大仰星高校3年時には花園で全国制覇を果たし、早稲田大学でも1年時から大学選手権優勝を経験。コベルコ神戸スティーラーズでは12シーズン活躍し、2025-26シーズンからは浦安D-Rocksへ移籍した。

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