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この記事の目次

臨時休業になる場合もあります。館内で昼食をとる前提で組むなら、公式サイトで営業状況をご確認ください。

足摺港公園の展望台で海を眺めるなら

資料館が建つ足摺港公園は、かつて大型フェリーが発着していた広い敷地です。ヤシの木が並ぶ広場と、見晴らしのよい展望台が整えられています。

展示を見終えたあと、ここから海を眺めてみてください。万次郎が漁に出て流された海と、10年後に彼が帰ってきた海は、同じ太平洋につながっています。館内で物語を追ったあとの数分は、パネルの文字を読んでいるときとは違う手応えを残してくれるはずです。

散策に向いた広さがあるので、同行者を待つ時間や、子どもが体を動かしたくなったときにも使えます。カフェが休みの日でも、この場所があれば土佐清水での時間は間延びしないでしょう。

あわせて訪れたいジョン万次郎ゆかりの地

あわせて訪れたいジョン万次郎ゆかりの地

資料館で生涯をたどったあとは、その舞台を実際に歩いてみてください。

生誕地の中浜も、足摺岬の銅像も、車で回れる範囲に収まっています。展示で得た物語が、風景と重なって立ち上がってくるはずです。

生誕地・中浜と万次郎少年像

万次郎が生まれた中浜は、土佐清水市の海沿いにある集落です。資料館から車で足を延ばせる距離にあり、ここに万次郎の少年像が建てられています。

貧しい漁師の次男として生まれ、14歳で漁に出て流された少年。像が立つのは、その日常があった場所そのものです。展示室で「土佐の中浜」という文字を読んだ直後に訪れると、地名が急に手触りを持ちはじめます。集落は生活の場でもあるので、静かに歩いてください。

なお、ゆかりの地の整備状況や公開の可否は時期によって変わることがあります。訪問前に土佐清水市観光協会の案内でご確認ください。

足摺岬展望台のジョン万次郎銅像

四国最南端の足摺岬には、万次郎の銅像が建っています。資料館からは車でおよそ25分の道のりです。

太平洋を望む展望台に立つこの像は、土佐清水を訪れる人の多くが足を止める場所になっています。眼下に広がるのは黒潮が最初に触れる海です。この流れに乗って北へ向かえば、やがて北アメリカ西岸沖まで達します。万次郎の人生そのものが、この黒潮の軌跡と重なっているといえるでしょう。

灯台や遊歩道もあり、岬全体で1時間ほど過ごせます。資料館とセットで組めば、土佐清水の午後がちょうど埋まる配分です。

姉妹都市フェアヘーブンとのつながり

万次郎がアメリカで暮らしたのは、マサチューセッツ州のフェアヘーブンという街です。救助してくれたホイットフィールド船長の故郷であり、現地には万次郎が過ごした家も残っています。

土佐清水市とフェアヘーブンの縁は、今も続いています。高校生の交流や、万次郎と船長それぞれの子孫同士の交流など、180年を超えて関係が受け継がれてきました。資料館が「国際交流の館」を掲げているのは、この事実があってこそです。

展示を見るとき、この一点を頭に置いてみてください。ここは過去を陳列する場所ではなく、今も動いている関係の起点だという見え方に変わってきます。

竜串の足摺海洋館SATOUMIへ

もう一か所、車でおよそ20分の竜串エリアもおすすめです。高知県立足摺海洋館SATOUMIは、目の前に広がる竜串湾の生態系をそのまま館内へ再現した、全国でも珍しい成り立ちの水族館です。

四国最大級の竜串湾大水槽に広がるサンゴの群落は、万次郎が流された海の姿でもあります。資料館との間ではセット券も販売されているので、土佐清水を1日で回るなら、この2館を軸に据えると無理がありません。

見学を深く楽しむコツ

見学を深く楽しむコツ

ジョン万次郎資料館は、ただ順路を歩くだけでも十分に楽しめる施設です。ただ、少しの準備や視点の置き方で、受け取れるものは大きく変わります。

遠方から時間をかけて訪れる場所だからこそ、知っておきたい3つの勘所をまとめました。

予習しておくと展示の意味がつかめる

この館の展示は、万次郎の生涯を追う構成になっています。裏を返せば、彼が何をした人物なのかを知らないまま入ると、パネルの情報量に押されてしまいかねません。

出発前に押さえておきたいのは3点だけです。14歳で漂流し無人島で捕鯨船に救われたこと、アメリカで英語や航海術、造船技術を学んだこと、そして帰国後に幕府の通訳や教官として日本の近代化を支えたこと。この骨格さえ頭にあれば、展示室ごとの意味は自然に入ってきます。

もうひとつ知っておくと面白いのが、ゴールドラッシュに加わって帰国資金を作った話です。そのときに持ち帰ったデニム生地やミシンから、万次郎は日本のジーンズの始祖とも呼ばれています。教科書の偉人像とは違う輪郭が見えてくるでしょう。

バリアフリー設備が整っているので誰でも

足摺岬周辺の観光地には、階段や急な坂が避けられない場所が少なくありません。そのなかでこの資料館は、設備の整い方が際立っています。

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取材・文:
Journal ONE( 編集部 )
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