アンダードッグとは、弱者や勝者になれないと見られてきた人を指す言葉だ。しかし、日本サッカー史を変えた岡野雅行の物語ほど、その言葉が似合う人生はないかもしれない。
主演の水上恒司、共演の池田匡志、豪田トモ監督、そしてモデルとなった岡野雅行本人が登壇した。
会見で語られたのは映画の内容だけではない。そこには、日本サッカーがまだ世界を夢見ていた時代の記憶があった。

主演の水上恒司、共演の池田匡志-『アンダードッグ-日本初のW杯出場を決めたポンコツ男-』製作委員会
アンダードッグが描くのはW杯得点ではなく、その前の10年間
1997年11月16日。「ジョホールバルの歓喜」として語り継がれる一戦で、延長戦の末に日本代表を初のワールドカップへ導いた岡野雅行。
多くの人が覚えているのは、あの決勝ゴールだろう。
しかし豪田監督が映画で描こうとしているのは、その先ではない。その前にある10年間だ。
岡野は強豪校出身ではなかった。サッカー部すらない高校に進学し、仲間とともに部を作るところから始まった。
プロになれる保証もない。日本代表など想像もできない。それでも夢を諦めなかった。豪田監督はこの部分に強くひかれたという。
アンダードッグ誕生のきっかけはYouTubeだった
豪田監督は「サッカーが大好きなんです。」と切り出した。
この日、司会を務めた元サッカー日本代表の鈴木啓太氏。その鈴木氏が配信するYouTube番組で岡野の高校時代の話を聞いた郷田監督。そのことが、映画化の原点になったという。
成功物語ではない。夢から最も遠い場所にいた少年の話だった。だからこそ面白かった。
そこから監督は約2年半をかけて関係者への取材を重ねた。
選手だけではない。同級生、恩師、関係者。岡野という人間を形作った人々の証言を積み重ねていった。その取材には、岡野も「こんな人にも話を聞いていたんだと知り驚いた。」と目を丸くしていた。

映画化きっかけとなった鈴木氏と岡野氏-『アンダードッグ-日本初のW杯出場を決めたポンコツ男-』製作委員会
水上恒司が感じたアンダードッグの本質
会見当日、水上が着用していたのは特別なユニフォームだった。
それは何と、ジョホールバルで岡野本人が着用した実使用ユニフォーム。鑑定額は500万円という。ユニフォームの前面には、白い文字で当時の出場選手たちのサインがびっしりと書かれていた。
しかし水上が魅力を感じたのは、ジョホールバルの英雄ではない。「高校時代の岡野雅行」だった。
「自分の力で切り拓いていくという精神は、今の私たちにも重要なことだと思う」。
野球経験者である水上は、スポーツで身につけた技術そのものは、多くの人の人生では使わないかもしれないと話す。だが、仲間との出会い、失敗から立ち上がる力、諦めない姿勢は人生に残る。
だからこそ岡野の物語が今の若い世代にも届くと感じたという。

鑑定額500万円のユニを着る水上-『アンダードッグ-日本初のW杯出場を決めたポンコツ男-』製作委員会
実は「スポーツ映画」ではなく「青春映画」なのかもしれない
今回の会見を取材して感じたのは、この作品がサッカー映画ではないということだ。
競技経験者なら共感するはずだ。誰もが日本代表になれるわけではない。むしろそのほとんどは夢半ばで競技を終える。それでもスポーツを続けた時間は人生の財産になる。
岡野雅行という人物が特別なのは、日本代表になったからではない。夢を持ち続けたことだ。
だから『アンダードッグ』はスポーツ映画である以前に青春映画なのだろう。
なぜ今アンダードッグを発表するのか
通常、映画の制作発表は公開直前に行われる。しかし本作は2027年秋冬公開予定。異例ともいえる約1年以上前の発表となった。
豪田監督には明確な理由がある。
「みんなで映画を作りたい」。
サッカーがそうであるように、映画も多くの人によって完成するものにしたいという。今後はSNSやクラウドファンディングを活用しながら、サポーターも作品づくりに参加できる策を考えているという。
完成した作品を見るだけではない。その過程から関われる映画になる。

トークセッションで話す豪田監督-Journal-ONE撮影

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JFAサッカー文化創造拠点「blue-ing!」
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- 取材・文:
- Journal ONE( 編集部 )













