
監督10年目の永吉監督ーJDリーグ撮影
これまでの道のりを振り返ってもらうと、返ってきたのは「難しかった」という率直な言葉。「前に監督をしていた時と今回帰ってきて過ごした10年では、時代的にも色々と変わっています。なので、時代に沿って指導方法も変えながらやってきました。前よりもしんどい10年だったような気がします。よく10年も続いたなと思いますね」
そしてチームの主力である須藤 志歩選手も豊田自動織機一筋の10年目。監督と同じ時間を過ごし、その成長を一番近くで見てきた存在です。
「本当によく頑張ったなと思いますね。最初は守備もだめ、バッティングもだめ。それが今では信用している選手になりましたね。本来であれば須藤の年代がキャプテンをしないといけないのでしょうね。でも日本代表という一生に一度のチャンスが今あるならば、優先しなさいと言いました。須藤に関しては監督と選手という関係を越えて、個人的には親父だと思っています。何かあったら私が身体を張って助けてやらないといけないと思っているし、もう腐れ縁のような感覚です」
須藤選手について語る監督の表情は、どこか優しげ。もちろん、最初から今のような関係だったわけではありません。須藤選手には人一倍厳しく接し、時には厳しく叱ることもあったといいます。それも、選手として成長してほしいという思いがあったからこそ。

同じ10年目の須藤選手の存在は大きい-JDリーグ撮影
監督と選手として、ともに歩んできた10年。その中で積み重ねてきた厳しさと信頼は、今では言葉では表しきれないほど深いものになっています。そしてそれは、今年の豊田自動織機が見せている強さを支える、もう一つの大きな力なのかもしれません。
監督としてのやりがいとは
インタビューも終盤。永吉監督に、今、監督業にやりがいを感じる瞬間について尋ねました。
「 ”今” で答えるのは難しいですが、やはり監督をやるにあたって一番嬉しいのは、教え子たちが指導者になって次の世代を育てていくことです。それが指導者の1番の生きがいだと私は思っています」
そして、永吉監督が選手たちに伝えているのは、グラウンド上の技術だけではありません。「私はプレーのことはあまり厳しく言いません。しかし掃除はもちろん、毎日のスパイクとグローブの手入れについてはちゃんとやるように伝えています。スパイクを磨くのを怠っていたら練習には入れませんし、そこを怠るといいプレーもできないと思うんです。もちろん優勝すれば一番嬉しいですけど、指導者を長くやろうと思ったら自分の娘だと思って接しないとできない仕事だと思います。本気で怒らないといけないし、良いときには褒める。ちょっとした細かいことも教えていくことも親の仕事だと思えば言えてしまいますよね」

これまでの監督としてのルーツを明かしてくれた-JDリーグ
選手たちを一人のアスリートとしてだけではなく、一人の人間として見つめ、育てていく。10年間、豊田自動織機の指揮を執ってきた永吉監督。その言葉からは、勝敗の先にある「人を育てる」という指導者としての信念が伝わってきました。
軸になる言葉
最後に、永吉監督が大切にしている言葉について尋ねました。
「 ”全ての出来事は必然、必要なり” という言葉です。私が高校生の時に当時の監督に言われた言葉なんです。起きたことがダメではなく、次に進むために必然的に起きた出来事だと思えば次にプラスになる。勝つために戦ったのに、なぜ負けたんだろう。それなら同じようにならないように次へ活かす。それができれば、その負けは必要だったと変わってくるんです」
高校生の頃に受け取った言葉は、さまざまな経験を重ねる中で、少しずつその意味を増していったといいます。「私も言われた当時は意味が分からなかったです。でも色々と経験する中で分かってきました。なので ”大丈夫、これも今のチームにとって必要な出来事なんだから。次へ活かせれば階段をまた1つ上がれるから” と選手たちには「必然、必要なり」という言葉を胸に取り組みなさいと言っているんです」
勝った試合だけではなく、負けた試合も、うまくいかなかった経験も、すべて次につながる一歩になる。これまでの10年間、選手たちと向き合い続けてきた永吉監督。その指導の根底には、長い年月をかけて受け継がれてきた一つの言葉がありました。















