“ありがとう、青学。”
ありがとう青学。この思いは、Bリーグが開幕した2016-17シーズンに遡る。その後、開幕3週目となった10月8日、青山学院記念館でサンロッカーズ渋谷のホームゲームが初めて開催された。
東京メトロ・表参道駅から徒歩すぐ。ハイブランドの旗艦店やおしゃれなカフェが立ち並ぶトレンド発信地・青山という観戦に好立地にある青山学院記念館。しかし、2026年4月25日、26日をもってサンロッカーズ渋谷のホームアリーナとしての役割を終える。
様々な苦難を乗り越え、ここ青山の地に“我が家”を得たサンロッカーズ渋谷。産学官連携の大成功モデルとして語り継がれるこの本拠地移転の物語は、サンロッカーズ渋谷のホームページで紹介されている。
現在は、スポーツリーグやチームが、学校や自治体と連携する事象は多く見られる。しかし、この潮流の先駆けともいえる場所が、トレンドの発信地・青山である点も興味深い。
当時の来場者数は2,624人。“ありがとう、青学。”シリーズ初戦に詰めかけた3,776人のブースターと比べれば8割以下だ。それでも当時は、前年の平均観客数の“2倍”であったことを考えれば、Bリーグ10年の歳月が如何に充実したものであったか。
その足跡である10年分の写真を背景にした、“ありがとう、青学。”フラッグ。会場入り口のトラスに掲げられたこのフラッグには、試合開始2時間前から多くのブースターがスマホのカメラを向けていた。

ありがとう青学フラッグと青山学院記念館-Journal-ONE撮影
高い集中力でビッグプレーを連発
ありがとう青学、激闘で始まったの序盤の攻防
ぎっしりと立ち並んだ飲食ブースやグッズ売り場。選手との距離が近い観客席。思い思いの笑顔でメモリアルゲームの開始前を楽しんだブースターたち。そのブースターたちを前にした試合は、ビッグプレーの応酬で始まり、あっという間に興奮の渦に巻き込んだ。
第1クォーター、大塚裕土が鮮やかに3ポイントシュートを3本決めたアルティーリ千葉。しかし、サンロッカーズ渋谷も、ジョシュ ホーキンソンが豪快なダンクシュートが決める。すると、ベンドラメ 礼生、山内盛久、野﨑零也も3ポイントシュートを入れ返して応酬した。
そして、残り2分を切ったところで山内が再び3ポイントシュートを決めて逆転。ビッグプレーの応酬はサンロッカーズ渋谷が制し、21-18で第2クォーターに入っていった。

逆転の3Pを決めた山内-Journal-ONE撮影
第2クォーターを制したロウザダのシュート
第2クォーターは、両チームが互角のディフェンスを見せて会場を沸かせる。しかし、このクォーターを制したのはサンロッカーズ渋谷のディディ・ロウザダだった。
アルティーリ千葉のディフェンスを突き、3ポイントを含む5本のシュートを決める。圧巻は、スティール後にフリーで持ち込んだ豪快なダンクシュート。
後半、アルティーリ千葉も着実に加点するが、ロウザダの11得点の活躍で38-32と6点をリードしたサンロッカーズ渋谷が、メモリアルゲームでモメンタムを得たまま後半に入っていった。

第2Qを牽引したロウザダ-Journal-ONE撮影
ありがとう青学・メモリアルに相応しい第3Qの攻防
しかし、試合はこのままでは終わらない。第3クォーターでは大塚の外角が再び火を噴く。2本の3ポイントシュートを決めるなど9得点を挙げ、中盤でアルティーリ千葉が逆転に成功した。
水曜日のナイトゲームから中2日。ゾラン・マルティッチヘッドコーチの「1日しか練習もできず、簡単な情報共有だけをして試合に臨んだ。」という言葉通り、フィジカル面でのパフォーマンスが心配されていたサンロッカーズ渋谷。
それでも、タイムアウトで流れを止めると、野﨑がお返しの3ポイントシュートを決めて再逆転。三度、アルティーリ千葉が逆転するなど一進一退の攻防が続く。両チームのブースターが交互に大声援を送る空気となった点の取り合いは55-56。サンロッカーズ渋谷の1点ビハインドと大接戦となり、最終クォーターへと進んでいった。

野﨑のハッスルプレーに会場は沸いた-Journal-ONE撮影






















