東洋大学ラグビー部が、年々その存在感を高めている。
ラグビー関東大学リーグ戦では、2年連続で2位に入り大学選手権に出場した東洋大学。今春もリーグワンへ5人の選手を輩出した。
2018年からチームを率いるOBの福永昇三監督(50歳)は、「1つステージが上がった感じがしますね。」と目を細める。
今季は関東大学リーグ戦での初優勝と大学選手権初勝利。そして日本一を目指す東洋大学ラグビー部に迫った。

関東リーグ戦初優勝を目指す東洋大学-斉藤健仁撮影
東洋大学ラグビー部の原点|2部低迷からの再出発
埼玉県川越市の川越キャンパスを練習拠点とし、現在は埼玉パナソニックワイルドナイツ、川越市と連携協定を結んでいる東洋大学ラグビー部の創部は1959年だ。
プロレスラーの阿修羅・原さん(元ラグビー日本代表)、俳優の高橋光臣さんらが出身で、関東リーグ戦が創設された当初は1部で戦っていた時代もあるが、2000年代は2部でくすぶっていた。
川越キャンパスは強豪の野球部、駅伝部も拠点としている。練習グラウンドがその両部に挟まれていたラグビー部を「もっと強化したい」と白羽の矢がたったのが、福永監督だった。
岐阜の関商工高校出身で、東洋大学ではキャプテンを務めて2部優勝を経験。三洋電機(現・埼玉ワイルドナイツ)でも主将を務めて、初の日本一にも貢献したFW(フォワード)だった。なお、駅伝部の酒井俊幸監督と福永監督は同級生で、大学時代は同じ寮に住んでいた仲だ。
福永監督は「引退してすぐに、指導してほしいという話があったのですが、いろいろやってみたくて、沖縄で起業するなどしました。大学やOB会も含めて、5~6年越しにお願いされていました。」と、振り返る。
2018年、「時間はかかりましたが、今あるのはラグビーのおかげだと気づき、ラグビーに対しても母校に対しても恩返しをしたい。」と監督に就任。当初、大学からは「毎年、せめて2部の上位に入って1部と入替戦に行ってくれれば…」という要求だったという。

自身もOBである福永監督-斉藤健仁撮影
東洋大学が掲げる「仁・知・勇」と「凡事徹底」
東洋大学は「哲学館」に起源を持つ大学。そこで、福永監督は「ラグビーを哲学する」という言葉を掲げた。
活動理念は「仲間のために、自己練磨し、全員がかっこいい男(仁者)であり、チームが一つの人格となり、希望と感動、感謝、そして、喜びをお届けします」とした。
ラグビーを通して人間的成長を目指す。仲間を思いやる心、己を見つめ考えて行動する姿勢、勝利を信じて挑む武士道精神。これらを「仁・知・勇」の3文字で表した。
また、福永監督は就任当初から新入部員全員に、「凡事徹底」の本を渡している。選手は感想文を書き、ラグビーだけでなく、10条からなる行動指針を設定する。加えて、ピッチ内外では整理整頓や挨拶などを重視している。
「私はリーダーをさせてもらうことも多かったですが、今、思い返すとおごりがあったり、謙虚じゃなかったりしたときに前十字靱帯断裂など大きなケガをした。また、チーム内の信頼状況が良いときにこそ勝てるということが肌感覚としてあった」。
部員の全員が寮生活してラグビーを打ち込む環境は、福永監督時代から変わらず、伝統ある寮で、2人1部屋で学生たちは生活しているが、現在、1人1部屋となる予定の新しい寮を建設中だ。

福永監督も大学生活を過ごした寮 現在は2人で1部屋を使用-斉藤健仁撮影
国際色豊かな個性が光る少数精鋭
東洋大学ラグビー部を支える「66名」の少数精鋭体制
強豪大学では150名以上の部員を抱える部も珍しくない中、福永監督が全国の高校生の大会に足を運び、声を掛けて集めたスポーツ推薦の選手を中心に、東洋大学は66名という少数精鋭で臨んでいる。
「高校生には『うちは部員が少ないので、Aチームで活躍してくれないと困る』と声をかけています。練習や施設を見学に来てもらった時に、うちは人間教育や規律を重んじていることを説明しています。」と福永監督。
部員たちも少数精鋭を歓迎しており、寮長を務めるFL(フランカー)日髙創太(4年/筑紫高校卒)は「東洋は他の大学と比べて部員の人数が少ないのが特徴だと思います。それによって、スタッフから目が届かない選手も少ないですし、全員寮でもあるので、まとまりやすいというのが強み。」と話した。

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