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クボタスピアーズ 今シーズンでチームを去るラピース(左)とフォーリー‐斉藤健仁撮影
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今シーズンはコンディション不良の影響で出場機会こそ限られ、レギュラーシーズンの出場は2試合のみだった。それでも、2月21日の三菱重工相模原ダイナボアーズ戦では、クラブ通算100キャップを達成。これにより、クボタスピアーズで積み重ねてきた功績を改めて示した。

4月に行われた引退会見では、「日本はセカンドホーム。必ず戻ってきます」と、日本への感謝の思いを率直に語った。

一方で、引退を決断した背景には、家族の存在も大きかったという。当初は家族も一緒に日本で暮らしていたが、近年は離れて生活する時間も増えていた。長年トップレベルで戦い続ける中で、ラグビー選手としての人生だけでなく、家族との人生も真剣に考えた末の決断だった。

ホストゲームとして自身最後の出場となった4月25日の三重ホンダヒート戦後には、『オレンジアーミー』と呼ばれるクボタスピアーズファン1人1人に歩み寄り、感謝を伝える姿が印象的だった。

クボタスピアーズでクラブ100キャップ を達成したラピース‐斉藤健仁撮影

クラブ100キャップ を達成したラピース‐斉藤健仁撮影

思い出に残るのは「成長の過程そのもの」

思い出の試合について問われると、ラピースは1つに絞ることはできないと笑顔を見せながら、2016年のデビュー戦となった東芝戦や、優勝を果たした2023年プレーオフ決勝を挙げた。

さらに、2021年プレーオフ準々決勝の神戸製鋼戦で、味方の選手がレッドカードを受けた試合にも触れ、「アップダウンのあるシーズンの中で、チームとして成長してきた過程そのものが思い出深い」と感慨深げに話した。

改めて、日本での9シーズンについては、「文化が違う中で、どうチームとして1つの方向を向くかを経験できた。クボタという会社、そしてスピアーズというクラブの誇りを体現する存在でありたいと思ってきた。若い選手たちが、このチームでプレーしたいと思えるような刺激を与えたかった」と振り返った。

その言葉通り、ラピースはプレーだけでなく、クラブ文化そのものを築き上げてきた存在だったと言える。「長い間このチームの一員でいられたことを光栄に思います。最高の形で締めくくりたい」。ラピースは、現役最後となるプレーオフへ静かに闘志を燃やしている。

クボタスピアーズの文化を築き上げたラピース‐斉藤健仁撮影

スピアーズの文化を築き上げたラピース‐斉藤健仁撮影

クボタスピアーズの頭脳として勝利を支えたフォーリー

クボタスピアーズを操った世界的司令塔

一方、もう1人のキーマンである司令塔SOバーナード・フォーリー。彼もまた、日本でのラストシーズンを戦っている。

7人制オーストラリア代表を経験。加えて、15人制でもオーストラリア代表として2度のワールドカップで10番を背負った。代表通算76キャップを誇る世界的司令塔である。

2015年には1シーズンだけ、リコーでプレーした経験を持つフォーリー。そして、2019年ワールドカップ後にクボタスピアーズへ加入した。「最初は2年契約だった」。しかし、その時間は気づけば7シーズンにまで延びていた。

クボタスピアーズ加入後のフォーリーは、まさにチームの『頭脳』として10番を背負い続けた。冷静なゲームコントロール、精密なキック、勝負所を見極める判断力、そして優れた戦術眼で、チームに数々の勝利をもたらした。

2022-23シーズンには173得点を挙げ、得点王とベスト15を受賞。加えて、オーストラリア代表『ワラビーズ』にも再招集された。今シーズンも17試合に出場し、そのうち14試合で先発。36歳となった現在も、その存在感は色褪せていない。

オーストラリア代表でのフォーリー‐斉藤健仁撮影

オーストラリア代表でのフォーリー‐斉藤健仁撮影

日本への愛着とラストシーズンへの思い

ただし、将来についてはまだ明言していない。「オーストラリアに帰るのは楽しみだが、プレーを続けるかどうかも含めて未定。」と話す。

現役続行の可能性を残しているフォーリー。一方で、コーチング、ビジネス、経営している農場での生活など、ラグビー後の人生にも関心を示している。

それでも、日本への愛着は強い。

「日本を離れたら、きっと人が恋しくなる。来年、ワールドカップでオーストラリアに来てくださいね!」と、茶目っ気たっぷりに笑ったフォーリー。

その言葉には、日本で築いてきた友人やチームメイト、クラブへの感謝がにじんでいた。

日本への愛着を胸に、2人は最後の戦いへ

FLラピースは、泥臭く前へ出続ける『闘う男』。SOフォーリーは、ゲームを支配する『冷静沈着な司令塔』。

■記者プロフィール
斉藤 健仁
スポーツライター。1975年生まれ、千葉県柏市育ち。ラグビーと欧州サッカーを中心に取材・執筆。2012年から2015年までエディー・ジャパン全54試合を現地で取材。ラグビー専門WEBマガジン「Rugby Japan 365」「高校生スポーツ」の記者も務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。「ラグビー語辞典」(誠文堂新光社)、「今こそ行きたい 欧州サッカースタジアム巡礼」(エクスナレッジ)など著書多数。
≫「X」アカウント
https://twitter.com/saitoh_k
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Journal-ONE投稿記者-斉藤 健仁
取材・文:
斉藤 健仁( 日本 )
この記事に関連する人物
中山 亮平

1988年生まれ、大阪府出身。日本ラグビー界屈指のBKとして浦安D-Rocksで活躍中。日本代表通算30キャップを誇り、ラグビーワールドカップでは、2019年日本大会と2023年フランス大会に出場。2019年日本大会では、日本代表初のベスト8入りに貢献した。東海大仰星高校3年時には花園で全国制覇を果たし、早稲田大学でも1年時から大学選手権優勝を経験。コベルコ神戸スティーラーズでは12シーズン活躍し、2025-26シーズンからは浦安D-Rocksへ移籍した。

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