300匹。その数字は、ジンベエザメという生きものの謎の深さを、そのままあらわしているようだった。
「国内でジンベエザメを飼育しているのは、今は3館だけです。海遊館と、かごしま水族館と、沖縄の美ら海水族館ですわ。」
水槽の前に立ち続けながら、私はその言葉を静かに受け取っていた。1000メートルの闇の中で、この巨体は何を見ているのだろう。何を求めて、あの深さまで潜っていくのだろう。
答えは、まだ海の底にある。
海水は、和歌山から来る
3日に1回、300トン——本物の海を運ぶ
「ところで」と田井さんが続けた。
「この水槽の海水、どこから来てると思います?」
大阪港——と答えかけて、止まった。港のすぐそばにある水族館なのに、首をかしげてしまう。
「大阪港の水は、安治川の河口なので塩分濃度が低くて使えないんです。ですから、和歌山県沖から専用の海水運搬船で運んでくるんですよ。だいたい3日に1回、約300トン」
海遊館の巨大水槽には、和歌山県沖から専用船で運ばれた海水が使われている。
定期的な海水の入れ替えによって、海の生きものたちが暮らす環境が維持されている。—Journal-ONE撮影。
5400トンの水槽に対して、1回300トン。1割にも満たない量を、少しずつ新しい海水と入れ替えながら、この水槽は生きている。
「遠いところから来てるんですね」
「そうなんです。ここの海、ほんまもんの海ですから」
田井さんが笑った。その一言が、水槽の向こうの青さをいっそう深く見せた。
海の底から、光へ——サンゴという命の話
飼育員が潜って作った、精巧なレプリカ
「太平洋」水槽をあとにして、螺旋のスロープをさらに進んでいくと、ふいに目の前の景色が変わった。
鮮やかな熱帯魚たちが、サンゴ礁の隙間を縫うように泳ぎ回っている。グレートバリアリーフをテーマにした水槽だ。2024年の秋にリニューアルしたばかりだという。
見上げると、テーブル型のサンゴが水槽の天井近くまで広がっている。枝を伸ばすように育ったサンゴが、自重でゆっくりと割れていく様子まで再現されている。
天井まで広がる色彩豊かなサンゴ海遊館。©海遊館
「これ、全部レプリカなんですよ」
田井さんが静かに言った。
「現地から本物のサンゴを持ってきたら、それはサンゴ礁を破壊することになりますから。だから全部、精巧なレプリカです」
ただのレプリカではない、と田井さんは続けた。リニューアルにあたって、飼育員が実際にオーストラリアまで飛び、グレートバリアリーフに潜って現地調査を重ねたのだという。
「空中で見た時と、水中で見た時って、色が違うんです。だから潜る時に色見本を持って行って、実際のサンゴに合わせて一つひとつ選んで作ってます。かなり忠実にできてますよ」
水の中で、色見本を広げてサンゴと見比べる飼育員の姿を想像した。その手間と情熱が、目の前の光景を作り出している。
光を食べる生きもの——本物のサンゴが語ること
さらに螺旋を下りていくと、特別企画展のスペースに出た。
「館内のサンゴは全部レプリカですけど、ここには特別な許可を得て入手した生きたサンゴを展示しています」
海遊館の特別企画展「いのちぐるぐる サンゴ展」では、
生きたサンゴの展示水槽を中心に、サンゴの生命力や生態を学べる展示されている。—Journal-ONE撮影
小さな水槽の中に、生きたサンゴが静かに息づいていた。
「サンゴって、別名『光を食べる生きもの』とも言うんですよ。サンゴの中に褐虫藻という藻類がいて、その光合成で作り出したエネルギーで育つんです」
光を食べる生きもの。その言葉が、頭の中でゆっくりと広がった。
「今、グレートバリアリーフではサンゴの白化現象が起きています。水温が上がって褐虫藻がいなくなると、サンゴが育たなくなるんです。日本でも、沖縄で同じことが起きています」
田井さんの声が、少しだけ真剣みを帯びた。
「海は繋がってますから。向こうで起きていることが日本でも起きる可能性が十分にある。だから、ここに来てくださった方に、少しでもそういったことを知っていただきたいんです」
海遊館の特別展で公開中の本物のサンゴの水槽。
「光を食べる生きもの」とも称される神秘的な生態を間近で観察できる。—Journal-ONE撮影
サンゴを守るためのクラウドファンディングも、オーストラリアの保護団体と協力して立ち上げたという。
水族館の中にいながら、気づけば地球の話をしていた。
——この続きは、第3部(6月28日11時公開)にて。
バックヤードから見下ろした、1トンの食事——ジンベエザメのエサやりと、海月銀河の旅













