銀杏通りの坂道と、忍び寄る秋の気配
銀杏通りを北上する
カフェで一息つき、ようやく真夏の陽射しの下へふたたび躍り出る覚悟が定まった。南千里から桃山台へと一直線に伸びる銀杏通りに沿って、竹見台マーケットを目指し歩き始める。聞けば、竹見台マーケットは南千里からも桃山台からも、必ず坂を登った先にあるのだという。ちょうど二つの駅に挟まれた尾根筋の上に、時代に取り残されたように鎮座しているらしい。
だが、先ほどの千里南公園の深い緑陰はどこへ消えたのか。この道の街路樹は無情なまでに短く刈り込まれ、頭上に影らしい影をほとんど落としてくれない。日傘を握る手にじわりと力がこもる。同じ千里の街でありながら、こうも陰影の濃淡が違うものかと、恨めしさ半分、可笑しさ半分で空を見上げた。

銀杏通り沿いに続く団地群。歩けど歩けど似た景色が続き、尾根筋の街を歩いていることを実感した。—Journal-ONE撮影
銀杏通りの坂道は、ゆるやかに見えて存外にしぶとい。似たような団地の壁面がどこまでも延々と続くその単調さに、歩けど歩けど景色が変わらないような錯覚さえ覚えてくる。ふくらはぎにじわりと乗ってくる重みをやり過ごしながら、せめてもの慰めに「帰りはこの坂を下るだけで済む」という一点にすがりつき、一歩ずつ前へ進んだ。
通りに沿って整然と立ち並ぶのは、半世紀の歴史を重ねてベージュがかってきた白い外壁の団地群だ。その壁面には、遠目からでも識別できる大きな棟番号がくっきりと振られている。
その横の車道を走り抜けていく車に視線を遣る。別に凄まじい暴走というわけではないのだが、どこか「なんだか飛ばしているな」と思わせるテンポの良さがある。信号の切り替わりに対する迷いのなさ、アクセルの踏み込みの良さ。すれ違いざまに巻き起こる生ぬるい風が、汗ばんだうなじをひと撫でしていく。歩道の縁でつい半歩、身をすくめてしまうその反射的な仕草に、豊かで静謐なニュータウンの景観とは裏腹に、走る車の身のこなしには、いかにも大阪らしいせっかちさと気概がどこか滲み出ている。
そして、桃山台行きの路線バスが、歩調の遅い私を定期的に滑らかに追い抜いていく。一定のリズムで巡回するバスの往来が、この街の規則正しい生活の鼓動そのもののようだ。

真夏の強い日差しのなか、銀杏通りの法面にはススキが揺れていた。酷暑のなかにも秋は静かに近づいている。Journal-ONE
そうして影を追いながら緩やかな坂道を上っていく途中、ふと右側の法面に視線をやった。緑の草むらの中に、黄金色を帯びたススキの穂が数本、真夏の風にさらさらとたなびいていた。
照りつける日差しはなおも皮膚を焦がすほど猛烈であるにもかかわらず、その繊細な穂の揺れだけが、季節の深まりを密かに告げている。
「――こんな酷暑のさなかにも、季節はちゃんと時計の針を進めているのだな」
真夏の熱気と早すぎる秋の萌芽が交差する瞬間の愛おしさに、思わず声が漏れ、足を止めて見入ってしまう。

竹見台マーケットへ向かう途中の坂道。尾根筋に広がるニュータウンならではの地形が感じられる。。—Journal-ONE撮影
坂を登り切ったあたりで、銀杏通りから左手へと折れる細い上り道に足を踏み入れた。路面には「速度落とせ」の白い文字が大きく描かれている。坂を登り切った先が見えないブラインドの頂上に、横道とマーケットが待っているのだ。美しい緑に包まれた高台の街でありながら、丘陵地ゆえの勾配と暮らしの安全とが交錯する生々しいリアルが、この一筋の坂道に刻まれていた。小高い丘を登っていった先、そのアプローチの先に、目当ての建物は突然、しかし堂々たる存在感で姿を現した。

坂を登り切った先に突如現れた竹見台マーケット。壁面いっぱいの大きな文字が訪問者を迎えてくれる。—Journal-ONE撮影
竹見台マーケット、昭和の残り香
白地の壁面に、経年変化で幾分かすれて薄くはなっているものの、墨色のような太く力強い文字で「竹見台マーケット」と壁全体に大きく描かれている。その潔いほどの自己主張のおかげで、初めて訪れる者でも絶対に迷いようがない。
ひんやりとした薄暗いアーケードへ足を踏み入れると、正直なところ、一巡するのにものの数分とかからなかった。それでも視界に飛び込んでくる情報量は、その短さに見合わない。













