透明な案内人との対話
涼やかなエントランスの影で待つこと数分。奥から現れたのは、広報担当の西前さん、そしてこの春から新たにニフレルの舵取りを担う村上館長であった。
「今までにない新しい施設、生きているミュージアム」という過激なまでの挑戦を、日々現場で体現し続けているトップ。どんな気難しい人物が現れるのかとわずかに身構えていた私を拍子抜けさせたのは、村上館長の笑顔だった。人懐っこいとも、少年っぽいとも言い切れない。強いて言うなら、目の前のものを心から面白がっている人だけが浮かべられる、屈託のなさそのもののような笑い方だった。うまく言葉にできないもどかしさごと、こちらの肩の力までふっと抜けていく。

「感性にふれる」とは何か。取材はこのお二人との対話から始まった。—Journal-ONE撮影
隣に立つ西前さんも、口元をふわりとほどいて笑っている。この二人が並んで迎えてくれるだけで、これから始まる時間がきっと良いものになる予感がした。
「私自身も今年の4月に着任してからずっと、『感性にふれる』とはどういう状態なのか、お客様がどう感じてくださればいいのかを考え続けているんです。なんだかわかったような、わからないような……今もずっと答えを探し続けている感じですね」
そう自問自答するように語る館長の言葉には、権威を振りかざす気配が微塵もない。
「ニフレルは、世界中にいろんな施設があるけれど、何かちょっと違うと。あれはあの中の人たちの感性と日々の地味な努力といろいろ試して、失敗をくり返しているチャレンジがあってこその展示だよねって言ってもらえるように」

展示の前に現れる静かな入口空間。ここから「感性にふれる」体験が始まる。—Journal-ONE撮影
他館の模倣ではなく、自分たちの感性と手ざわりで進化し続ける。その秘めた決意が、静かな口調の底に凛と響いていた。
館内へと進む道すがら、村上館長がふと、この場所を歩き回るスタッフたちについて教えてくれた。
「キュレーターと呼んでいるスタッフが館内にたくさんいますので、その都度質問していただいてます。キュレーターの方から話しかけちゃう時もよくあるんですけれど」
展示を作ること自体がひとつの「キュレーション」であり、来館者が生きものを前に「はてな」という顔をした瞬間を見逃さず、自ら声をかけに行くこともまた、彼らの大切な仕事なのだという。
「日頃の1日の業務の中でも、いわゆる飼育管理、健康管理、展示の管理の部分と、お客様とのコミュニケーションで言うと、本当に半分半分ぐらいの割合です」
生きものの食事を用意し、水槽を掃除し、倒れたプレートを直す。その作業の合間を縫うように、ごく自然な調子で来館者に話しかける。管理と対話、そのふたつが綺麗に溶け合った働き方こそが、この場所の空気を柔らかくしているのかもしれない。
「夏休みなので、“魚はなぜ泳いでいるんですか?”とか、お子様の感性豊かな質問に戸惑いながら、生きものの不思議さに一緒になって共感することもあります」
館長がそう笑いながら付け加える。知識で塗り固めた答えより、その場でともに首をひねる姿勢の方が、この場所には似合うのだろう。
【いろにふれる】——芸術を目指したのではなく、
命に向き合った結果
館長に導かれ、1つ目の扉をくぐった瞬間、私は足を踏み出すのをためらった。
この施設の名を初めて聞いたとき、その響きの意味を訪ねそびれていた。あとで知ったことだが、「ニフレル」という名称そのものが、コンセプトである「感性にふれる」から名付けられたのだという。
そこは、これまでの「水族館」という概念を優雅に、そして完全に覆す空間だった。
奄美大島の記憶を宿す、13の水槽

一つの水槽に一つの個性。従来の水族館とは異なるアプローチがここから始まった。—Journal-ONE撮影
闇夜のように漆黒に落とされた空間に、緩やかに波打つカーテン。その合間に、13台の円柱水槽がぽつん、ぽつんと、まるで宙に浮く宝石のように発光していた。
「ここは奄美大島の浅瀬の……」
西前さんがそう口にした水槽には、キラキラとした木漏れ日が水面で揺れ、その影が底へと落ちていく光景が再現されている。遠く離れた南の海の記憶が、この一角にそのまま切り取られていた。
一匹の命を、美術品のように見つめる

一つの水槽に一つの個性。魚たちとじっくり向き合う村上館長。—Journal-ONE撮影













