「アートをしたいわけでもなくて、美術館風を目指したわけでもなくて、自分たちの感動したことを表現しようとするとこうなったんです」
世間から「アートのような水族館」と評されることについて、村上館長はそう明かした。人工的な着色や派手なライティングに頼るのではなく、生きものが本来持っている色や姿にキュレーター自身が感動し、それを愚直に表現しようと突き詰めた結果の空間なのだという。
「キュレーターの感性に触れた自然や生き物の姿を、展示として忠実に再現しているところ、私は広報担当としてそのエピソードを聞くことが多く、展示を作ってきた人たちの体験や感性をちょっとお裾分けしてもらっているような感じがとても好きなんですよね」
西前さんのその言葉に、目の前の水槽の見え方がすこし変わった。これは誰かの「好き」が、そのままの熱量で結晶化した空間なのだ。

エビの触角や足先まで見入ってしまう距離感。ニフレルでは生きものを「作品」のように鑑賞する体験が用意されている。
「エビの繊細な足一本、長い触覚が揺れる様子にじっくり見入ることができる工夫をすることで、かけがえのない命を感じていただきたいというか…、世界にひとつしかないかけがえのない美術作品と同じじゃないかっていう気持ちになるんじゃないかなと思うんです」
水槽の傍らに目をやると、長々とした説明文の代わりに「いきもの五七五」が添えられている。知識を頭で納得させるのではなく、生命という一回性のアートと直に向き合わせる仕掛けが、そこには徹底されていた。
【どくにふれる】——図鑑を捨て、
感性で紡ぐ言葉

「いろにふれる」ゾーン全景。生きものごとの個性を際立たせるため、水槽は独立して配置されている。—Journal-ONE撮影
シームレスな順路を進むうち、耳に届くBGMが軽快なポップ調へと切り替わり、空間は一転して明快な光に満たされた。「どくにふれる」ゾーンだ。
原色を基調としたポップな空間の中で、ハナミノカサゴやキオビヤドクガエルがその美しい姿を誇示している。

水槽の向こうに広がる「いろにふれる」ゾーン。生きものの目線で空間を眺めているような感覚になる。—Journal-ONE撮影
「毒を持つ生き物、毒の使い方、毒にまつわるいろんな生き物の特徴を紹介することで、それぞれの個性、面白さ、かっこよさみたいな視点を変えられたらいいなと」
村上館長が語る通り、危険生物というマイナスイメージは消え去り、彼らが過酷な自然界を生き抜くための「愛すべき生き残りスキル」として立ち上がってくる。
意外な毒の持ち主、ニホンウナギ
「あとは意外なところで、あそこにボードがありますけど、ニホンウナギ。ウナギにも体表と血液に毒がありまして。なのでウナギは必ず血抜きをして焼いて、お刺身では食べないんです」
見慣れたはずの、あの蒲焼きの魚にまで毒が潜んでいたとは。日常の食卓とこの水槽の間に、思いがけない一本の線が引かれる。館長が水槽を覗き込みながら「お顔がこっちですね」と、声だけで笑った。その視線の先には、砂の中からひょっこりと顔だけを出したウナギの姿があった。
水槽脇のユニークな手書き解説ボードについて、西前さんが密やかなルールを教えてくれた。

ニホンウナギを紹介するキュレーター手書きのボード。図鑑的な解説ではなく、来館者の好奇心を刺激する視点が添えられている。—Journal-ONE撮影
「このキュレーターが制作するボードなんですけど、実はルールが徹底していて、『図鑑に載っていることは書かない』んです。キュレーターがが面白いと思うことを、自分の感性で書くというルールになっています。ニホンウナギのボードをよく見ると、『アゴがしゃくれている』とか、今までそんな風に見たことない視点で書かれているんです」
「確かにその通り。確かに、確かに」
村上館長もそう頷く。型通りの知識の押し売りを捨て、スタッフ個人の気づきや感動を直筆で差し出す。その温度感ある言葉が、見る者の感性を心地よく刺激する。
テッポウウオの一撃、そしてその代償
ふと水槽の前に人だかりができているのに気づいた。キュレーターのお兄さんが、天井から吊るした的に、小さなエビを一匹ずつセットしていく。













