信頼する店長と、自慢のメニュー

そして今、メニュー作りはenen料理長、餅原徹さんなどの力も借りつつ信頼する店長に任せているという。ふわふわしっとりとしたパンケーキ、ウニとイクラのクリームパスタ、リボンをあしらった三段のプレートが優雅なアフタヌーンティー、店の顔とも言える生スコーン、スパイスの香りがふわっと立ち上るカレー——メニュー表を見るだけでも、カフェとしての実力が伝わってくる。競走馬の世界で培った”人を見る目”が、ここでも活きているのかもしれない。

2019年からの、遠回りのような道
実は林さんの馬たちへの眼差しは、パドックカフェ開業のはるか前から続いている。すでにそれ以前から交流のあった「TCCセラピーパーク」——馬と人の福祉の現場へ、2019年にも足を運んでいた。「馬業界と医療、福祉の業界が手を取り合えば、全国で新しい”人と馬の福祉”が拡がりそうです」——当時、そう綴っていた林さんの言葉は、いまのパドックカフェの活動と、まっすぐにつながっている。
その後も縁は続き、表参道にある「BafunYasai TCC CAFE」へも足を運んでいる。TCC Japan代表・山本氏が手がけるこの店は、馬のふんから作った堆肥で育てた野菜や果物をメニューに使い、食べることで馬の生きる現場を支える循環をつくり出しているという。パドックカフェの「馬糞のお香→引退馬支援への寄付」という発想の原点は、もしかするとこの日の体験にあったのかもしれない。
馬が生きる価値を生む仕組み
意外なお香から見えてくる、本当の使命
店内をよく見ると、少し変わった商品が目に留まる。馬糞を使ったお香だ。「え、馬糞?」と一瞬驚くが、実際にはハーブのとても良い香りがふわりと広がる。
物販のラインナップの中でも異彩を放つ商品だが、話を聞いていくと、決してただの話題づくりではないとわかってくる。この商品を含む物販の売上は、全額、引退した競走馬を支える団体へと寄付されているのだという。寄付先は、角居勝彦氏が代表理事を務める一般財団法人ホースコミュニティが主催する「サンクスホースプロジェクト(現サンクスホースプラットフォーム)」だ。
馬ぶどう茶に込められた思い
店内にはもうひとつ、ユニークな商品がある。「馬ぶどう茶」だ。ノブドウという薬草を使ったお茶で、かつて弱った馬に煎じて飲ませていたという言い伝えからその名がついたという。この商品を手がける農家は「馬が生きているだけで経済が生まれる仕組みに、少しでもつながれば」という思いで取り組んでおり、その発想に共感した林さんが店に置くようになった。物販の充実は今後も続けていく構想だという。
引退馬の“第二の人生”をつくる場所
虫も、馬も——生き物への眼差し
窓枠には、こんな貼り紙があった。「公園に囲まれた店なので、時々虫さんも遊びにきます。小さなゲストたちもご理解いただけるとうれしいです。」英語の表記も添えられ、同じ内容がトイレにも掲示されていた。
たかが虫、されど虫。あえてこの言葉を選んで掲げるところに、林さんの眼差しの広さが表れているように思えた。競走馬という、人間の営みの中でとりわけ特別な存在として扱われてきた生き物と向き合ってきた林さんが、いまこの場所では、虫という小さな生き物にも同じ敬意を向けている。
まずは知ってもらうこと
「馬に触れる機会のない一般の人や、子どもたちに、まず馬に触れてもらいたいんです」。林さんはそう語る。
その言葉の奥にあるのは、もっと大きな構想だった。引退した競走馬たちに”第二の人生”の場所をつくる——そのためにはまず、馬を知らない人、触れたことのない人に、馬という存在を知ってもらう必要がある。The Paddock Cafeは、その地道な活動を始めるための拠点なのだという。
「馬のことを知って、学んで、こんな活動があるんだと知る。自分も何かしてみたいと思う人が少しずつ増えていくことが、引退馬たちの未来につながる大きな一歩だと信じている」——パドックカフェは公式にそう発信している。競馬という舞台を離れたあとも、一頭一頭に”馬生”がある——その”関係人口”を地道に増やしていくことこそが、林さんの活動の芯にあるのだろう。
角居先生という、心強い伴走者

イベントには、元JRA調教師の角居勝彦氏を招いてのトークセッションが開かれたこともある。栗東で調教助手として働いた歳月を持つ林さんにとって、角居氏との対話は、競馬の世界と、引退後の馬たちを支える世界とをつなぐ、象徴的な一幕だったに違いない。
実は林さんは、この角居氏を囲む「角居塾引退競走馬勉強会」を、自ら主催する立場にもある。かつて角居氏が元日の能登半島地震で被災されながらも、「日頃の皆さんの引退馬支援活動への感謝をお伝えしたい」と栗東まで足を運んでくれた回では、現地とZoomのハイブリッド形式で全国から約50名が集まった。













