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愛知の発酵調味料で仕上げたひつまぶし(名古屋備長)
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名古屋駅の地下、一杯のひつまぶし

名古屋駅の地下を歩くと、きしめん、味噌かつ、喫茶店と、この街の食が次々に目に飛び込んでくる。その日の昼には、土鍋の味噌煮込みうどんを前にした。豆味噌の濃い色と香りは、この土地の人々にとって、ごく当たり前の味なのだろう。

愛知の豆味噌を使った山本屋本店の味噌煮込みうどん

豆味噌の香りが立ちのぼる、土鍋の味噌煮込みうどん。—©︎山本屋本店

夕刻、地下街エスカの「ひつまぶし名古屋備長」で、運ばれてきたおひつの蓋を取る。焦げ目をまとった鰻が、ご飯を隙間なく覆っていた。

ひと口目は何もつけずに。表面はさくりと軽く、その奥に白身がみっしりと詰まっている。噛みしめるほどに、身に染みたタレの味が長く尾を引く。

このタレは、愛知のたまりとみりん、それに砂糖だけでできているという。たまりも、みりんも、時間をかけて醸される発酵の調味料だ。

この甘みと旨みは、いったいどこから来たのか。

翌朝、その答えを確かめに、愛知の蔵を巡る旅に出た。

米と大豆と塩、そして川と海

その朝、蔵へ向かうバスの窓の外には、高く広い空と、どこまでも続く平野があった。車内で、案内役のガイドが愛知の地図を広げた。大きな川が流れ、平野では米や大豆、麦が育つ。海が近く、塩もとれた。発酵の調味料の原料は、米と大豆と麦と塩。驚くほど少ない。それなのに、麹の種類や微生物、造り方、寝かせ方の違いによって、酒にも、酢にも、みりんにも、醤油にも、味噌にもなる。

そして川と海は、道でもあった。造ったものを船に積めば、江戸へ運べる。陸には東海道が通り、人も情報も行き交った。愛知の発酵は、原料に恵まれただけでなく、それを運ぶ水の道に恵まれていたのである。

二日間で巡った六つの蔵は、どれも、この水の道の上に生まれていた。

九重味淋 ―― 自らの船で、江戸へ

碧南市の大浜。九重味淋を興した石川家は、もとは船を持つ廻船問屋だった。石川家は大浜港から、自らの船で三河と江戸を行き来していた。

愛知県碧南市の九重味淋の蔵外観

「九重味淋」の看板を掲げる蔵。—©︎九重味淋

江戸の町では、屋台の文化が花開いていた。うなぎの蒲焼き、江戸前寿司、そば。どれも、甘みをつけるのにみりんを使う。もともとみりんは、甘い酒として飲まれていたという。江戸の流行をいち早く知った石川家は、1772年、大浜でみりん造りを始めた。いま同社は、自らを「三河みりん発祥の醸造元」と称している。同社によれば、そのみりんにいち早く目をつけたのが、江戸で繁盛していた鰻屋や蕎麦屋だったという。

造ったみりんは常滑焼の甕に詰め、裏手にある大蔵から、直接船に積み込んだと伝わる。案内してくれた社員によれば、江戸時代には蔵のすぐそばまで海が来ていたという。みりんを積んだ船は、江戸の新川へ向かった。

九重味淋の敷地に残る原料運搬用線路跡

かつて原材料を台車で運んだ線路の跡が残る、敷地の細い道。—Journal-ONE撮影

導入のひつまぶしのタレにも、みりんが使われていた。江戸の鰻屋が頼った甘みの源を、三河の蔵は船で届けていたのである。

MIZKAN MUSEUM ―― 運河のほとりで、江戸の寿司と出会う

知多半島の半田。半田運河のほとりに、ミツカンの創業の地がある。そこに建つ博物館「MIZKAN MUSEUM(ミツカンミュージアム)」を、閉館後に新美佳久館長が案内してくれた。

蔵は運河沿いに建てるしかなかった、と館長は話す。たくさん造ったものを売るには、船で運ぶほかなかったからだ。館内には、半田と江戸を結んだ弁才船が実物大で復元されている。大正時代の写真には、運河を埋めるように船が並んでいた。

半田運河とミツカンミュージアムの復元弁才船

実物大で復元された弁才船。—©︎MIZKAN MUSEUM

1804年、初代中野又左衛門は江戸を訪れ、寿司の屋台と出会う。人口100万の江戸で、寿司は手軽な外食として広がっていた。酒粕から造る粕酢なら、当時使われていた米酢より安く、甘みと旨みで寿司をおいしくできる。初代はそこに商機を見たのだと、館長は語る。九重味淋の石川家が鰻屋や蕎麦屋に目をつけたのと同じように、ここでも江戸の屋台が、愛知の発酵を呼んでいた。

運河沿いの蔵には、もう一つの課題があった。井戸を掘っても海水しか出ないのだ。三代目又左衛門は、約1,350メートルの水道を自ら引いた。藩が行うような事業を、ひとつの蔵が担ったのである。

■記者プロフィール
編集部-小谷
ナイトランが好きなインドア派。旅と朝カフェ、鮮魚コーナーを愛するJournal-ONE編集部員。メーカーでのアートディレクター・商品企画を経て、気づけばメディア運用側へ。
取材・文:
編集部- 小谷( 日本 )
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