パデルは、ガラスと金網で囲まれたコートで2対2で戦うラケットスポーツです。テニスとスカッシュの要素をあわせ持ち、ヨーロッパを中心に世界でプレー人口を大きく伸ばしてきました。日本でも施設が増えつつあり、「名前は聞くけれど、どんなスポーツかよくわからない」という人も多いのではないでしょうか。
この記事では、パデルの特徴や歴史、基本ルール、魅力、始め方までを初心者向けにまとめました。2026年1月に国際パデル連盟(FIP)が施行した新ルールも紹介しているので、これから始める人は参考にしてください。
パデルとは?テニスとスカッシュを掛け合わせたラケットスポーツ
パデルは、テニスのようにネットをはさんでボールを打ち合いながら、スカッシュのように壁の跳ね返りも使って戦うスポーツです。見た目はテニスによく似ていますが、コートの造りやプレーする人数、使う道具には独自の決まりがあります。まずは、パデルならではの3つの特徴から順番に押さえておきましょう。
ガラスと金網に囲まれたコートでプレーする
パデルの一番の特徴は、コートの四方が壁で囲まれていることです。後方と側面の一部はガラスなどの壁、それ以外の部分は金網でできています。
相手コートで一度弾んだボールは、壁に当たって跳ね返ってきても打ち返せます。テニスならアウトになる球も続けて打てるため、壁をどう使うかが勝負の分かれ目になるでしょう。
コートの大きさは、テニスのダブルスコートよりひと回り小さい程度です。そのため、ボールを遠くまで追いかける場面が少なく、ラリーが続きやすくなっています。
2対2のダブルスで対戦する
パデルは、2人1組のペア同士が戦うダブルスを前提としたスポーツです。国際パデル連盟(FIP)が定める公式ルールも、ペアで対戦することを基本に作られています。
コートが小さいぶん、2人で守ればほとんどのボールに手が届く広さです。ボールを必死に追いかけ回すより、ペアで立ち位置をそろえ、壁から戻ってくるボールを落ち着いて待つ場面が多くなります。
また、サーブを受ける順番はセットの最初にペアで決め、そのセットのあいだは変えられません。どちらが右側、どちらが左側に立つのかを最初に話し合っておくと、試合をスムーズに進められるでしょう。
ガットのない穴あきラケットを使う
パデルのラケットには、テニスのようなガット(網)が張られていません。板状の打球面に小さな穴がたくさん開いた独特の形をしており、長さもテニスラケットより短く作られています。
グリップの端には手首に通すストラップが付いています。FIPのルールではこのストラップの使用が義務づけられているので、プレー中は必ず手首に通しておきましょう。
ボールはテニスボールによく似た見た目ですが、大会ではFIPが公認したパデル用のボールが使われ、大きさや重さ、弾み方にも独自の基準が定められています。
| 項 目 | 内 容 |
|---|---|
| 競技形式 | 2人1組のペア同士で対戦(ダブルス) |
| コートの大きさ | 縦20m×横10m(内寸) |
| 後方の囲い | 高さ3mの壁+1mの金網(合計4m) |
| 側面の囲い | 両端が壁、中央部分が金網の組み合わせ |
| ネットの高さ | 中央88cm、両端92cm |
| サービスライン | ネットから6.95mの位置 |
| ラケット | 全長45.5cm以内、幅26cm以内、厚さ38mm以内。打球面に穴があり、手首用ストラップの使用が義務 |
| ボール | 直径6.35〜6.77cm、重さ56.0〜59.4g(FIP公認球) |
| 試合形式 | 3セットマッチ(2セット先取)。大会によって短縮形式あり |
| 国際統括団体 | 国際パデル連盟(FIP)/1991年設立 |
| 国内統括団体 | 一般社団法人日本パデル協会(JPA)/2016年設立 |
※表の寸法やラケット・ボールの規格は、FIPが2026年1月に施行した最新の競技規則にもとづいています。
パデルの歴史と普及状況

パデルは、ある実業家の自宅に造られた小さなコートから生まれたスポーツです。その後は旅行者や愛好家を通じてヨーロッパや南米へと伝わり、いまでは世界各地で国際大会が開かれるまでに成長しました。
誕生のいきさつから、世界と日本それぞれの現在の状況まで、パデルがどのように広がってきたのかを順番に見ていきましょう。
1969年にメキシコで生まれスペインで広まった
国際パデル連盟(FIP)によると、パデルが誕生したのは1969年、メキシコのリゾート地アカプルコです。テニス好きの実業家エンリケ・コルクエラが、自宅に本格的なテニスコートを造る広さがなかったことから、壁で囲んだ小さなコートにネットを張ったのが始まりとされています。
その後、1970年代の初めに、コルクエラの家で休暇を過ごしたスペインのアルフォンソ・デ・ホーエンローエ王子が、南部の保養地マルベーリャのホテルにコートを造りました。これをきっかけにスペインで人気が高まり、同じころにはアルゼンチンにも伝わります。こうして両国は、パデルの本場として発展していきました。












