しかし、取材が終わったあと、思いがけない展開が待っていた。そのことは、番外編でお届けしたい。
【つながりにふれる】——持ち帰る、やさしい気持ち
約5分間の静かな映像を観終えたあと、旅の締めくくりとして塗り絵ポストカードのワークショップが用意されていた。五感で受け取った膨大な感動を、自分の手で色を選び、紙の上へと落とし込んでいく。
「私達人も生き物も、お互い尊重し合う優しい気持ちと、豊かな気持ちになっていただき、今日ニフレルに来てよかったなと思っていただけると一番嬉しい」
村上館長のその温かな言葉が、胸の深くに深く染み渡る。
事前にいただいていた、一通の言葉
この取材に先立って西前さんから届いていた一通の回答書の中に、こんな一節があった。
「自然や個々の生きものの美しさ、自然を感じる気持ち。好奇心や想像力を大切にしていくこと。ニフレルの体験により、心の豊かさにつながり、優しい気持ちになっていただけたら。人を含むすべての生命は、多様で個性的だから魅力的。生きものを通して、人と人も互いの個性を認め合い、優しい気持ちになれたら」
画面越しに読んだときには、まだどこか輪郭のぼやけた言葉だった。だがいま、この空間を一巡し、館長の声を直接聞いたあとでは、ひとつひとつの言葉が、確かな手触りを持って胸に落ちてくる。
引っ越しても、応援し続けてくれるご夫婦
村上館長が、ふとこんな話を教えてくれた。
「引っ越しのためでしばらく来られなくなった年間パスポートのご夫婦から、お声がけいただいたことがあって。ニフレルの生きものたち、展示の工夫から、いのちの多様さ、大切さ、その魅力について学ぶことができた、とても感謝している。ニフレルは、この地域にとって本当に大切な施設これからも応援しています、って」
子どもを連れた家族の歓声ばかりが目立つこの場所で、静かに通い続けていたひと組の夫婦がいたのだと知る。年齢も、来館の理由も、それぞれに違う。だがこの空間が誰かの日常にそっと寄り添い、静かな感謝とともに記憶に残っていくのだという事実に、不思議と胸が熱くなった。
知識を頭に詰め込むのではない。手のひらに残る命のぬくもりと、自分だけの感性の揺らぎを大切に抱きしめながら、私はゆっくりと光の差し込む出口へと歩みを進めた。
結び(エピローグ)
ニフレルの白い滑らかな扉をくぐり、再び外の世界へと踏み出した瞬間、真夏の濃密な熱気と白日の光線が容赦なく身体を包み込んだ。
冷房の効いた空間で研ぎ澄まされてきた五感が、外気の熱と光を鮮烈に拾い上げる。耳を澄ませば、万博公園の深い樹海からクマゼミたちの「シャンシャン」という大合唱が響き渡り、青空には一片の雲もなく乾いた青がどこまでも広がっていた。
振り返れば、純白の曲線を描くニフレルの建築が、真昼の太陽光を照り返して静かに輝いている。

万博記念公園の隣で、白い曲面を描くニフレル。巨大な未来像の足元で、生きものたちの個性を見つめ続けている。—Journal-ONE撮影
大水槽も海獣ショーも持たない、たったひとつのシンプルな言葉から始まったこの場所。そこで繰り広げられていたのは、生命を「大きなスケール」で鑑賞者に誇示するのではなく、たったひとつの命が放つ色彩や影、そして動作の美しさを、一回性のアートとして愛おしむ静かな試みであった。
「見る者」と「見られる者」という人間本位の優越を捨て、同じ天井の下で互いの存在を等しく尊重し合う空間。子どもたちが光の下で無邪気に踊り、大人がその姿に、そっと肩の力を抜いていく光景の底には、キュレーターたちのたゆまぬ試行錯誤と、生命への深い敬意が脈打っていた。
エキスポシティの広場を抜け、万博記念公園駅のホームへと向かう高架の道すがら、ふと視線を北へと巡らせる。
遠方から訪れる人ほど、この足でEXPOCITYや万博記念公園まで歩を延ばす傾向にあるのだと、西前さんは事前に教えてくれていた。近隣に暮らす人にとってはニフレルだけで満ち足りる散歩道が、遠くから来た者にとっては、ひとつづきの物語を辿る旅になる。
ふと、思い出す。昨年の秋、ニフレルは開業から10年の節目を迎えたという。10年という歳月のあいだに積み重なってきたのは、展示や来館者数だけではないらしい。エキスポシティの飲食店から出る廃棄野菜が、館内の生きものたちの餌として活かされ、万博記念公園で伐採された枝葉や竹の子が、彼らの遊び道具として姿を変えて館内に運び込まれているのだと聞いた。
1970年、この地に生い茂った木々の枝が、55年の時を経て、いま目の前の生きものたちの爪に、くちばしに、手のひらに触れている。それは決して比喩ではなく、この土地に流れてきた時間が、姿を変えながら確かに巡り続けている証だった。













