オオハシと、キュレーターの見えない目配り
さらに空間の奥へと歩みを進めると、頭上を風が切り、鮮やかな色彩を纏ったオオハシが目の前へ颯爽と舞い降りた。その南国の花のような可憐さに思わず手を伸ばしたくなるが、見た目の愛くるしさに反して、実は「あんなに小さいのに割と負けん気が強い」のだと村上館長が教えてくれる。
「きれいだからといってお客様が不意に手を出すと、噛まれてしまう恐れもあるんです。だからキュレーターは、『あ、今ちょっと悪いことをしようとしているな』『今はおとなしくまったりしているな』と、個体や時間帯ごとの心理や動きを注意深く予測しながら見守っているんです」
館長の口から漏れる言葉には、現場で生きものと対話し続けてきた者ならではの観察眼と情熱が宿っている。
「生き物のことも守らないといけないし、お客様のことも時には守らないといけない。生き物たちが活発な時間帯には、キュレーターが4〜5人で協力しながら、動物が通るときにはお客様に道をあけていただいたりするんです。一方的に動物だけを優先するわけではなく、生き物のことを尊重しつつ、お客様のことも尊重する。お互いに気遣い合える関係性を、この空間で育んでいきたいですね」
人間が動物を鑑賞物として見下ろすのでも、動物を甘やかして野放しにするのでもない。お互いの領域と個性を尊重し、危うい一線をキュレーターが優しく取り持つ。その対等で温かな眼差しこそが、この開放的なシェアハウスの隅々にまで満ちわたっていた。
【NIFREL×NIFREL】——二時間の後ろめたさと、駆け足の余韻

ニフレルショップ「NIFREL×NIFREL」。展示の余韻を持ち帰るように、オリジナルグッズが並んでいる。—Journal-ONE撮影
「ショップもご覧いただけます」
西前さんの案内で歩を進めた途端、頭上から「ベビーカーやシルバーカーでエスカレーターをご利用の際は……」という注意アナウンスが降ってくる。その日常的な音に、ふと我に返った西前さんが、腕時計に目をやりながら小さく声をあげた。
「なんか久しぶりにじっくり私も一緒に回らせてもらって……2時間経ってますね」
「普段は2時間かけて見ないですもんね」
村上館長がそう応じると、西前さんは「なんかこうやって見るとまた感じ方も違う」としみじみ呟いた。
「そうなんですよね。僕は、いかにゆっくりじっくり見てもらえるかが、ニフレルの大切なポイントではないかと思っています。」
案内する当人たちですら、来館者と一緒に歩くことで初めて気づく発見がある。そのやりとりを聞きながら、私は密かに、良い時間だったのだと確信する。急かされることなく、ただ好奇心の赴くままに二時間もの間、この空間を漂わせてもらっていたのだから。
棚を見渡すと、決して商品で埋め尽くされているわけではない、ゆったりとした余白のある空間が広がっていた。
「とても広くて、居心地がよくて、商品でいっぱいっていう感じでもないし……これは褒めているのか?」
館長自らそう茶化して笑うほどの、あっさりとした品揃え。だが西前さんいわく、夏休み期間中はこれくらいの規模感がちょうど良く感じられるほどの賑わいだったという。目の前に広がるのは「どくにふれる」シリーズのグッズだ。

「どくにふれる」シリーズのグッズやオリジナルTシャツ。展示で感じた好奇心を持ち帰るような商品が並んでいた。—Journal-ONE撮影
「ほとんどオリジナルなんです。時々このTシャツを着たお子さんを見かけたりします。」
言われてみれば、なるほど纏う者を少しばかり強気にさせてくれそうな、そんな図案だった。館内で見てきた毒を持つ生きものたちの誇らしげな佇まいが、そのままTシャツの柄となって、着る人の背中を押しているかのようだ。ニフレル館内で費やした時間の分だけ、棚に並ぶ一つひとつの図案が、単なるお土産以上の意味を帯びて見えてくる。ふと、私自身もその空気に引き寄せられるまま、気づけばいくつかの品を手に取ってレジへと向かっていた。
「村上さん、ちょっとブランドブック取ってきていいですか」
西前さんがそう断って足早に奥へと引っ込んでいく。「もちろんです」と館長が笑って見送るその背を見ながら、私はレジで会計を済ませていた。
けっきょく、その後ブランドブックを手に戻ってきた西前さんと会話を交わすことはなく、この日の取材は静かに幕を閉じる予定だった。予定していたすべての質問を回収しきれなかったことに、多少の心残りがないと言えば嘘になる。

ホワイトタイガー、ワニ、ペンギン。展示で見た命の面影が、今度はぬいぐるみとして並んでいた。—Journal-ONE撮影













