百貨店の売場に並ぶ、愛知の発酵調味料

地下2階グローサリー売場。平日の昼過ぎも、調味料の棚の前には人の流れが絶えない(取材日時点)。—Journal-ONE撮影
蔵を巡る旅の前日、名古屋に着いたその足で、ジェイアール名古屋タカシマヤを訪ねていた。愛知の発酵の文化が本当に暮らしに根づいているのなら、それは街の売場にも表れているはずだと考えたからだ。
案内された地下2階のグローサリー売場は、全国から集められた食品が並ぶ、日々の買い物の場である。調味料の棚は、東京の百貨店とそう変わらない広さだった。違ったのは人の流れだ。平日の昼過ぎだというのに、カートを押すお客が途切れることなく行き交い、棚の前で足を止めては、醤油や酢の瓶を手に取っていく。
その日は邪魔にならないよう、急いでシャッターを切るのが精一杯だった。旅を終え、写真を見返して気づいたことがある。棚には、翌日からの旅で訪ねることになる蔵の名前が、すでに並んでいたのだ。
七福醸造の有機白しょうゆ。九重味淋の本みりん「九重櫻」。ミツカンの酢。どれも、全国各地の調味料と肩を並べている。棚の上で、蔵の物語が語られているわけではない。けれど、ここに当たり前のように並んでいることこそが、発酵の調味料がこの街の台所に溶け込んでいる証しなのだろう。

七福醸造の「有機白しょうゆ」。蔵を訪ねる前、すでに売場の棚に並んでいた(取材日時点)。—Journal-ONE撮影
取材の日、ひとつ上の階では、発酵が別の顔を見せていた。大和屋守口漬総本家の売場には、守口漬の由来を伝えるパネルが掲げられていた。愛知の伝統野菜「守口大根」を、酒粕とみりん粕で漬け上げた漬物で、昭和25年の愛知国体で好評を得て、名古屋名産として定着したという。鈴波のショーケースには、魚介をみりん粕に漬けた品が並んでいた。酒やみりんを搾った後に残る粕もまた、こうして食卓へ届いている。

大和屋守口漬総本家のパネル。守口大根を酒粕とみりん粕で漬け上げると記されていた(取材日時点)。—Journal-ONE撮影

鈴波の「魚介みりん粕漬」のショーケース(取材日時点)。—Journal-ONE撮影
日々の台所に溶け込み、多くを語らない発酵と、名産として自らの物語を語る発酵。どちらも、蔵から食卓へと続く道の先にあった。
※ジェイアール名古屋タカシマヤの売場の写真は、いずれも取材日時点のものです。2026年10月21日の改装で、大和屋守口漬総本家と鈴波の売場は地下2階の「日本の味売場」に移り、グローサリー売場も含めて、陳列や取り扱う商品が変わっています(お取り寄せできる商品もあります)。
ひつまぶしに戻る ―― 三河の家庭の食卓から
蔵を巡り終えたいま、旅の始まりの夜の一膳を、もう一度思い出してみたい。
地下街エスカの「ひつまぶし名古屋備長」で、席には三つの器が出されていた。左から、白焼きに使うみりん、白焼きにつける白醤油、そしてたまりをベースにしたタレ。いずれも愛知県産だと、店舗管理責任者の松本史隆さんが教えてくれた。

左からみりん、白醤油、たまりをベースにしたタレ。いずれも愛知県産。—Journal-ONE撮影
白焼きは、地焼きにしたうなぎにみりんをかけ、香ばしく焼き上げる。みりんで甘くなる分、少し辛さのある白醤油とわさびで食べるのだと、株式会社備長の鈴木博社長は話す。お吸い物も、白醤油と塩で味をつけている。椀の中は澄んでいた。白醤油は、色をつけずに味を加える。あの夜、琥珀色の小皿をなめて、ひと口で強い旨みが広がるのを感じた私は、それをたまりだと思い込んでいた。白醤油だったと知ったのは、旅から戻ってからのことだ。
タレについて、社長の言葉は明快だった。「最高級のたまりと最高級の砂糖と最高級のみりんをあわせてるだけなんですよ。余分なことは全くしてないんですよ」。
その原点は、子どものころの夏にある。社長の実家は、高浜市の吉浜町。お盆になると、祖母が近くの養鰻場から生きたうなぎを買ってきてさばき、外の七輪で焼いて、うなぎ丼にしてくれた。「三河のたまり醤油といわゆる味醂と砂糖を、家でタレを作ってくれて、そこに漬けて白焼にして地焼きでやってたっていうのが、僕の原点なんですよね」。















