芦田歩実が伊予銀行ヴェールズの希望をつないだ。
日本精工ブレイブベアリーズ、SHIONOGIレインボーストークス、そして伊予銀行ヴェールズ。この3チームがプレーオフ進出最後の1枠を争う大混戦。10月31日は3チームがそろって試合を行う運命の日となった。
その中で、プレーオフ進出のために残り3試合全勝が求められていた伊予銀行ヴェールズは、31日のダブルヘッダーを連勝。奇跡への望みを11月1日の最終戦へとつないだ。
そして、この2勝に誰よりも大きく貢献したのが芦田歩実だった。

伊予銀行ヴェールズの芦田歩実-ジャーナルワン撮影
芦田歩実がチームを支え続けた4年間
2023年の入団以来、芦田は伊予銀行ヴェールズの縁の下の力持ちだった。
試合終盤の守備固め、勝負どころの代走。堅実な内野守備と高い走塁判断で、チームに流れを呼び込む役割を担ってきた。
途中、二塁手のレギュラーに近づいた時期もあった。しかし、石村寛監督が掲げる緻密なソフトボールを実現する上で欠かせない存在である芦田は、主にバイプレーヤーとしてシーズンを戦い続けてきた。
そんな芦田に転機が訪れたのは10月10日の豊田自動織機シャイニングベガ戦だった。
9番・三塁でスタメン出場すると、その後も継続して先発起用。シーズン終盤の大事な局面で、着実に信頼を勝ち取っていった。

堅実な守備でチームのピンチを何度も救った-Journal-ONE撮影
芦田歩実が証明した“努力は才能を伸ばす”ということ
今でこそJDリーグの舞台で勝負どころを任される芦田だが、そのキャリアは決して順風満帆ではなかった。
ソフトボールを始めたのは小学生時代。地域のクラブチームで3年ほどプレーしたものの、中学時代は競技から離れた。
「小学生の時に地域のクラブで3年くらい。そして、中学校ではソフトボールをやっていなかったんです。」
それでも高校進学後、その才能は一気に開花する。
進学したのは大阪の公立校、女子ソフトボールの強豪・芥川高校だった。そこで実力を磨いた芦田は、大阪体育大学では主力選手へと成長し、本塁打王にも輝いた。
幼い頃について尋ねると、芦田は「運動神経は良かった。」と振り返る。しかし、現在の姿は才能だけでは語れない。
中学時代のブランクを乗り越え、高校で才能を開花させ、大学で本塁打王となり、そしてJDリーグへ。与えられた役割を愚直に積み重ねた努力が、トップリーグで勝敗を左右する選手へと成長させた。
そして2026年10月31日。その歩みを象徴するような一日が訪れる。

運動神経の良さは走塁にも現れている-Journal-ONE撮影
芦田歩実が放ったJDリーグ初アーチ
運命の第1試合で飛び出したダメ押し弾
第1試合の相手は東海理化チェリーブロッサムズだった。
伊予銀行ヴェールズはエース・庄司奈々の力投で試合を優位に進める。3-0とリードしているものの、膠着した空気が流れていた5回。その空気を打ち破ったのが芦田だった。
インコースの速球を巧みにさばいた打球は左翼ポール際へ高々と舞い上がる。
本人もベンチも見守る中、打球はそのままフェンスを越えた。
JDリーグ入り後、待望の初本塁打。これが、勝利を大きく引き寄せるダメ押しのソロアーチとなり、庄司の完投勝利を強力に後押しした。
「とにかく強い打球を打とうと思っていました。まさか本塁打になるとは思ってもみませんでした。」と、芦田もびっくりの本塁打となった。それでも、「大事な場面で点が取れてよかった。」と、本塁打の喜びよりもチームの勝利に貢献したことを喜んだ。
高校、大学、そしてJDリーグと、絶え間ない努力を続けた芦田。その継続力が、プレーオフ争い最大の局面で芦田を輝かせた。

JDリーグ初本塁打を放った芦田-Journal-ONE撮影
芦田歩実の決断が生んだ虎の子の1点
日本精工戦で見せた値千金のセーフティスクイズ
続く第2試合は、日本精工ブレイブベアリーズとの直接対決だった。


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天城ふるさと広場野球場
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- 取材・文:
- 編集部-矢澤( 日本 )
















