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愛知の発酵調味料を伝える、九重味淋に残る「BEST MIRIN KOKONOE-SAKURA」の英文看板と品評会の看板
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三河で育った社長の家では、刺身はすべてたまりで食べた。炊きたてのご飯にマグロをのせ、わさびを溶いたたまりで食べるのが、昔からの食べ方だったという。法事の仕出しにも、生醤油ではなく、たまりが添えられていた。社長にとってたまりは、「名古屋の味」というより、三河の家庭の食卓の味なのだ。

香ばしい焼き目がついた地焼きのうなぎ

焦げ目をまとった、地焼きのうなぎ。—Journal-ONE撮影

母の実家で、うなぎ屋になると話した少年に、祖父はこう言ったという。「どんなに鰻が美味くしても、ご飯がまずかったらだめ」。備長はいまも、ご飯は炊きたて、うなぎは焼き立てで出すことにこだわっている。

第1回で問いかけた、この甘みと旨みはどこから来たのか。江戸の鰻屋が頼ったみりん、桶の中で時を重ねるたまり。それらは三河の家庭の台所を通って、いま一杯のひつまぶしの中にある。

薬味と海苔にだしを注いだひつまぶしのお茶漬け

三膳目は、薬味と海苔にお出汁を注いで。—Journal-ONE撮影

受け継ぐもの ―― 竹のタガと、人の手

木桶を締める輪を、タガという。かつては竹を編んで作られた。

七福醸造に残る竹のタガの木桶は2本だけだ。犬塚元裕社長によれば、竹のタガを組む職人は大きく減り、この大きさ(20石、約3,600リットル)の桶を手がけられる人は、ごくわずかになっているという。中定商店の中川安憲代表も、大きな桶に使える竹がなく、これ以上大きな桶は作れないと言われたという。いちばん新しい桶も、古い桶を削って組み直したものだ。

佐藤醸造では、竹のタガの代わりに、鉄のタガを自分たちで巻いている。まっすぐな鉄を切って、桶の丸みに合わせて曲げなくてはいけないため、1本の木桶に1日がかり。巻き直さなければ、桶からたまりが漏れてしまう。ただ、鉄は強すぎて桶を傷めることもあり、竹のタガのよさは、そんなところで分かるのだという。

中定商店の大桶を締める編み込みの竹タガ

中定商店の大桶を締める、編んだ竹のタガ。—Journal-ONE撮影

三つの蔵が、それぞれの形で竹のタガを語った。桶を守ることは、それを締める人の手と技を守ることでもある。

人から人へ渡る技もある。金虎酒造は代々、越後杜氏の技を生かして酒を造ってきた。新潟の越後流酒造技術選手権大会では、清酒「虎変」が第三位に入っている。蔵元は「水野善兵衛」の名を代々受け継ぐ。九重味淋では、もろみが均一に熟成するよう、8の字を描くように混ぜる「櫂入れ」を、今も昔も変わらない仕事として続けている。

本みりん「九重櫻」と「純三河本みりん」を手にする九重味淋の社員

「九重櫻」と「純三河本みりん」を手にする、九重味淋の社員さん。—Journal-ONE撮影

粕もまた、受け継がれてきた。江戸時代のミツカンでは、もろみを搾ったあとの粕を肥料として売っていた。九重味淋の年表には、1802年、焼酎を取ったあとの「下粕」を肥料にしていた記録が残る。みりん粕はいまも、守口漬などの漬け床になる。七福醸造は、白醤油を搾ったあとのもろみ粕も、だしを取ったあとのだし粕も、すべて肥料や飼料などの資源に変えている。もろみ粕だけで、年間100トン前後になる。江戸から今まで、蔵は粕を捨てずに使ってきたのである。

一方で、蔵の時間は変わり始めてもいる。金虎酒造では今年の夏、冷蔵庫が2台壊れた。中定商店では、夏が暑くなって、昔より早く仕上がるようになったという。自然の温度に任せてきた蔵の時間を、これからどう守っていくのか。蔵は、新しい問いの前に立っている。

海を渡るもの

愛知の発酵は、100年以上前から海を渡っていた。九重味淋は明治のころ、みりんを海外へ輸出し、1900年のパリ万国博覧会や、1909年にアメリカ・シアトルで開かれた博覧会に出品している。蔵には、英語で「BEST MIRIN」と記した看板が残る。

いまも、その道は続いている。佐藤醸造の久野さんは、イタリア・ミラノで、豆味噌を届け始めた。マルゲリータのトマトソースに豆味噌を少し足す、という提案に、職人たちは首をかしげながらも、口にしてうなずいたという。北米で先に人気を集めた味噌のソース「MISOBEAM」は、日本へ「逆輸入」された。

備長の鈴木社長は、ひつまぶしを東京へ持ち込んだときのことを、こう振り返る。「要するに、江戸の蒸し鰻、生醤油に殴り込みをかけたようなもんなんだよ」。そしていま、それを海外へ広げることを視野に入れて動いている。かつて船で江戸へ渡った愛知の調味料は、いま海を越えようとしている。

■記者プロフィール
編集部-小谷
ナイトランが好きなインドア派。旅と朝カフェ、鮮魚コーナーを愛するJournal-ONE編集部員。メーカーでのアートディレクター・商品企画を経て、気づけばメディア運用側へ。
取材・文:
編集部- 小谷( 日本 )
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