ながとブルーエンジェルスは、山口県長門市を拠点に女子セブンズ日本一へ上り詰めたチームだ。人口約3万人の町から誕生し、4年連続年間総合優勝を達成した。ここでは、強さの理由と、地域に根差した挑戦の軌跡を追った。
シリーズ第1戦の熊谷大会で優勝。つづく、第2戦の栃木大会は惜しくも準優勝に終わったブルーエンジェルス。しかし、準ホームとも言える北九州で行われた第3戦は圧勝で優勝。
そして、今年の女王を決める1DAYトーナメントの『グランドファイナル札幌大会』。ここでも盤石の強さを見せて今年も頂点に輝いた。

長門市にあるながとブルーエンジェルスのクラブハウス-斉藤健仁撮影
ながとブルーエンジェルス誕生の舞台、人口3万人の町・長門から生まれた「最強チーム」
そんな、チームの拠点は山口県北部、人口3万人ほどの長門市。なぜ、ながとブルーエンジェルスが長門市で産声を上げたのか。そして、現在のような女子セブンズ日本一の強豪チームへと成長していったのか。実際に長門市に足を運んでみた。
2017年にチームが誕生して9年。長門市民はもちろんのこと、山口県民にもすっかり『長門市にある女子チームは強い』と認識されている。
また、長門市出身で東京や大阪などで働いている人からは、「萩や下関は有名だが、長門を知っている人はあまりいない。だから長門(ながと)というチーム名で戦っているのはうれしい。」という声が多いという。
江戸時代は捕鯨漁で栄え、現在は温泉地として知られる長門市。高校ラグビーファンやオールドファンであれば、1983年度の「花園」こと、全国高校ラグビー大会の『大津旋風』を覚えている方も多いだろう。
山口県立大津高校(現・大津緑洋高校)がノーシードからベスト4に進出する快挙を達成。大津高校だけでなく、隣の萩市には萩商工があるなど、山口県北部はもともと高校ラグビー部が強い。県内ではラグビーが盛んな地域という土壌があった。

元長門市職員で、ブルーエンジェルス誕生に関わった大津高校ラグビー部OBの末永氏(ヤマネ鉄工建設)‐斉藤健仁撮影
国体会場の整備から始まった長門の挑戦
ラグビーのまちづくりを支えた俵山の施設整備
そんな土地柄である長門市に1997年、市民の健康促進やスポーツ振興を目的に長門市俵山多目的交流広場が完成。現在の名称は『ヤマネスタジアム俵山』。2021年からヤマネ鉄工建設が命名権を獲得して変更された。
そして、2011年の山口国体でラグビー(少年男子)の会場となることが決定する。それを受け、2009年には約500人収容の常設スタンドが完成。加えて、2010年には天然芝と人工芝のグラウンド各1面などを含む全面改修が完了した。
さらに2016年、当時の安倍晋三首相が地元の長門市で日・ロ首脳会談を実施。その関係で、元首相である森喜朗ラグビー協会名誉会長も長門市を訪れた。
森名誉会長と大津高校ラグビー部OBで元神戸製鋼のSH(スクラムハーフ)だった藪木宏之氏、元日本代表FL(フランカー)中島修二氏(現・ヤマネ鉄工建設)、同じくOBで長門市の職員だった末永賀之氏(現・ヤマネ鉄工建設)などが話し合いを持った。

選手たちが練習する俵山のスタジアム‐斉藤健仁撮影
長門市を国際ラグビーキャンプ地へ
そこで、「長門市にラグビーワールドカップや東京五輪の事前キャンプを誘致しよう。」と盛り上がる。
こうして、俵山のグラウンドは国際基準を満たすラグビー場に改修されることが決定。2018年にはクラブハウスや照明施設が増設され、新たなゴールポストも建てられた。その後も、2019年ワールドカップ時はカナダ代表が。さらに、2021年開催の東京五輪時には女子セブンズのブラジル代表が長門市を訪れ、キャンプ地として利用した。

俵山スタジアムのクラブハウス内 W杯時はカナダ代表が、五輪時は女子ブラジル代表が利用した‐斉藤健仁撮影

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ヤマネスタジアム俵山
- 山陽新幹線 新山口駅 - 山陽本線(49分)- 小月駅 - サンデン交通バス(65分)- ヤマネスタジアム俵山停留所 - 徒歩6分
- 取材・文:
- 斉藤 健仁( 日本 )













