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神戸広陵学園 2年ぶり甲子園優勝‐Journal-ONE撮影
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この記事の目次
神戸弘陵学園 優勝の瞬間抱き合う山戸・後藤のバッテリー-Journal-ONE撮影

優勝の瞬間抱き合う山戸・後藤のバッテリー-Journal-ONE撮影

石原康司監督が語る、神戸弘陵学園“無冠の世代”の結実

優勝インタビューで、石原康司監督は静かに語った。神戸弘陵学園を率いてきた指揮官の言葉には、厳しさと愛情が同居していた。

「叱咤激励という言葉がありますが、この子たちには本当に叱咤が多かった。それでも負けずに努力を重ね、最高の形で締めくくってくれた」。

神戸弘陵学園の選手たちは、その叱咤に負けず、努力を重ねてきた。 冬から積み上げてきた厳しい鍛錬と、選手たちの成長を見守ってきた指揮官の深い愛情が、この言葉に滲んでいた。

さらに石原監督はスタンドへ向け、「ご父兄やOGなど、本当に多くの応援をいただき力になりました。」と、深い感謝を示した。

神戸弘陵学園を支えてきた人々への感謝が、甲子園のスタンドに向けて届けられた。

神戸弘陵学園を優勝に導いた石原監督-Journal-ONE撮影

神戸弘陵学園を優勝に導いた石原監督-Journal-ONE撮影

副主将・西垣美来、神戸弘陵学園で叶えた甲子園優勝の目標

殊勲打を放った副主将の西垣美来も、喜びを噛みしめるように話した。神戸弘陵学園の副主将として、打撃でも走塁でもチームを支えてきた。

「まだ優勝した実感は湧かないが、甲子園で優勝することを目標にみんなで頑張って来たので、本当に嬉しいです」。

外角攻めに粘り、甘く入ったボールを逃さず三塁線を破った一打。 その裏側には、「自分で決める」という強い意志と、神戸弘陵学園のために先制点を奪うという責任感があった。

西垣の一打は、神戸弘陵学園の“無冠の世代”に終止符を打つ象徴的な一打となった。

優勝会見で笑顔の(右から)西垣、山戸、石原監督-Journal-ONE撮影

優勝会見で笑顔の(右から)西垣、山戸、石原監督-Journal-ONE撮影

山戸優菜主将、“みんな大好き!”で締めくくった神戸弘陵学園の夏

同じく優勝インタビューで、93人の仲間たちと共に栄冠を勝ち取った山戸優菜主将。最後は、スタンドで応援を続けてくれた仲間たちに向けて、手でハートマークを作った。

「みんな大好き!」

その一言に、3年間の苦しさと喜び、そして神戸弘陵学園の仲間への感謝がすべて詰まっていた。山戸は、甲子園のスタンドに向かってその言葉を叫び、インタビューを締めくくった。

神戸弘陵学園の主将として、最後まで仲間への愛情を前面に出した言葉だった。

ベンチ外メンバーに向かいハートを掲げる山戸とマイクを持つ西垣-Journal-ONE撮影

ベンチ外メンバーに向かいハートを掲げる山戸とマイクを持つ西垣-Journal-ONE撮影

神戸弘陵学園の“日本一基準” 丹後市ラウンドから甲子園へ

準決勝からこの日まで一週間。石原康司監督は「とにかくコンディションを整えることを最優先した。」と振り返る。神戸弘陵学園は、丹後市ラウンドを勝ち抜き、炎天下で負けたら終わりの緊張感ある戦いを連戦を含めて5試合もこなした。

怪我から復活した山戸優菜も全試合に登板した。その疲労を取り除くため、石原監督は神戸弘陵学園の選手たちを風呂に連れて行き、整体でコンディションを整えさせるなど、徹底したケアを施した。

それでも、監督は選手たちのモチベーション維持にも努めた。

「甲子園に行くことではなく、甲子園で勝つことが君たちの目標だろう」。

その言葉は、神戸弘陵学園の選手たちの胸に深く刻まれていた。決勝前日、神戸弘陵学園は丹後市ラウンドで激闘を演じたいちじま球場を借り、この決勝戦と同じ時間帯で練習を行った。移動距離、気温、時間帯──すべてを甲子園に合わせる徹底ぶりだった。

「学校からの移動距離が甲子園とほぼ同じで、プレーする時間も同じ。決勝戦を仮想してプレーする練習もしてきました。」と、石原監督はさらりと話す。

神戸弘陵学園は、準備の段階から“日本一基準”を貫いていた。その積み重ねが、決勝での圧倒的な内容につながった。

神戸弘陵学園の選手たちは万全の体調で優勝を果たした-Journal-ONE撮影

神戸弘陵学園の選手たちは万全の体調で優勝を果たした-Journal-ONE撮影

名門の矜持、3年生38人・部員93人でつかんだ全国制覇

終盤、神戸弘陵学園は3年生の総力戦を見せた。代打で石田優樹奈を、捕手に後藤希実恵をいずれも今大会で初起用した。

■記者プロフィール
編集部-矢澤
1995年早大卒、JR東海で国内外からの観光誘客に関する企画・宣伝を主に、百貨店、レンタカー、旅行代理店、広告代理店でも働く。趣味はスポーツ観戦と旅行。メジャーリーグ(MLB)は28球団のBall Parkで観戦済み(全30球団)。
アクセス

阪神甲子園球場

  • 住所
    兵庫県西宮市甲子園町1−82
  • TEL
    079-847-1041
  • アクセス

    ① 三宮駅 - JR神戸線 約15分 - 西宮駅 - 阪神本線 約5分 - 甲子園駅 - 徒歩 約3分

    ② 大阪梅田駅 - 阪神本線 直通 約20分 - 甲子園駅 - 徒歩 約3分

    ③ 東京駅 - 東海道新幹線 約160分 - 新大阪駅 - JR神戸線 約15分 - 西宮駅 - 阪神本線 約5分 - 甲子園駅 - 徒歩 約3分

  • その他
取材・文:
編集部-矢澤( 日本 )
この記事に関連する人物
石原康司

神戸弘陵学園女子硬式野球部の創部監督として、高校三冠や全日本選手権優勝など数多くの全国タイトルを獲得し、女子高校野球界を代表する指導者。男子硬式野球部時代には甲子園出場5度の実績を持ち、技術・戦術に加え人間形成を重視した育成方針で多くの選手を輩出。女子野球の普及と競技力向上に大きく貢献している。

山戸 優菜

神戸弘陵高校 女子硬式野球部 2026年主将
背番号 21
ポジション 投手
投打 右/左
背番号:21
出身:広島県
経歴:平良小学校ソフトボール育成会-安佐ボーイズー神戸弘陵高校
始めたきっかけ:野球をしていた兄を見に行っていたのがきっかけ。小学生の時はソフトボール。中学生からボーイズに入り硬式野球を始め、神戸弘陵高校で初めての女子チーム。
マインドセット:クラシック音楽を聴きながら、瞑想で仲間や応援してくれてる人を思い出し、やる気スイッチを入れている。

島本 そな

神戸弘陵高校 女子硬式野球部
背番号 31
ポジション 外野手
投打 右/左
出身地 兵庫県
地元兵庫県出身の選手で、中学生時代に練習試合を行うことで神戸弘陵高校に入学を決める。得意な打撃を磨き、チームの主軸選手に成長。春の選抜大会でも結果を残し、夏の大会でも活躍が期待されている。打席前はリラックスするために、歌を歌うという大物ぶり。左打者とは思えぬ力強さとバットコントロールで神戸弘陵高校を勝利に導く。

濱嶋 葵

神戸弘陵高校 女子硬式野球部
背番号 89
ポジション 投手
投打 右/右
出身 東京都
小学生の時に女子初となる読売ジャイアンツジュニアチームに選出。当時から小学生女子とは思えない投球で、注目を集めてきた。小学6年生の時に、女子野球大会の決勝戦が初めて阪神甲子園球場で行われたのを見て、憧れの先輩と同じ神戸弘陵高校への進学を決めた。3月の選抜大会には運命の準決勝に先発出場。惜しくも試合には敗れたが、石原監督も「夏の強みとなった」というほどの期待が寄せられている。

西垣 美来選手

神戸弘陵高校 女子硬式野球部

背番号:24
出身:大阪府
経歴:大阪狭山ボーイズー神戸弘陵高校
始めたきっかけ:小学1年生の時に野球をやっていた兄の影響で始めた。 
マインドセット:自分のフォームを動画でチェック。親にもアドバイスをもらいながら、時間があるときは一緒にバッティングセンター行って練習をしたりしている。

福田 稟選手

神戸弘陵高校 女子硬式野球部
背番号:26
出身:兵庫県
経歴:備前サンラッキーズー神戸弘陵高校
始めたきっかけ:1歳上の兄が野球をしていて、その応援に行っていたら自分もこんなプレーをできるようになりたいなと思い始めた。 

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