天理大学初の日本一に大きく貢献
天理大学では1年時から、今でも家族ぐるみで仲の良い、日本代表のチームメイトSH(スクラムハーフ)藤原忍(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)とハーフ団を組んだ。
そして、4年時には天理大学の『全国大学ラグビー選手権大会』初優勝に大きく貢献した。
日本代表でも続く松永拓朗と藤原忍の絆
日本代表では同学年の選手と一緒にいることが多い。気づいたら「忍と2人でいる。」という。
「2人で一緒にワールドカップに行けたらうれしい。だが、2人でいるときはそういった話はしないし、ラグビーの話もあまりしない。」と笑顔を見せた。

家族ぐるみで仲の良い、天理大学の同級生SH藤原‐斉藤健仁撮影
松永拓朗がブレイブルーパスを選んだ理由
『関西大学Aリーグ』での活躍もあり、全国区の選手となった天理大学2年の頃だった。
トップリーグ(現リーグワン)に進んだ先輩選手たちに「トップリーグのチームが見ているよ。」と言われて、初めてトップレベルでラグビーを続けることを意識し始めた。
数チームから誘われていた松永拓朗。その中でブレイブルーパスを選んだ理由を聞くと「初めからブレイブルーパスに決めていたわけではない。練習を見学した時に『このチームへ行きたい』と思った。数チームに行ったが、どこも自分には完全には当てはまらない感覚があった。そして、最後にブレイブルーパスから練習会へ来てほしいと言われた。」という。
同級生の誘いが転機となった
最初は断ろうと思っていたという松永。しかし、天理大学同級生のPR(プロップ)小鍜治悠太が一緒に行こうと誘ってくれた。
「彼が誘ってくれなければ、ブレイブルーパスへは行っていなかったかも(苦笑)。ブレイブルーパスは寮も会社も練習場も近く、自分が求めていた環境に1番、合っていた。加入後にSO(スタンドオフ)リッチー・モウンガとプレーできたこと。加えて、リーチさんと一緒にプレーできることも大きかった。」と懐かしそうに振り返った。
当初は社員選手として入部。その後、数年は社業とラグビーを両立させた。そして、2024-25シーズンはチームの連覇に貢献し、「ベスト15」に選ばれた。
その活躍を経た今、松永はプロラグビー選手として競技に専念している。

天理大学4年時、大学選手権で初優勝に貢献した‐斉藤健仁撮影
松永拓朗が見据えるネーションズチャンピオンシップとW杯
ワールドカップ開幕まであと1年を切った。
松永拓朗は、「自分でもまだ想像できていない。だが、そこへ向けてチャレンジしながらラグビーができていること。それを、すごく幸せに感じている。」と率直に話した。
強豪国に示したい松永拓朗の存在価値
今年はネーションズチャンピオンシップで強豪と4試合対戦する。今後、ワールドカップまで強豪国と対戦できる機会が限られる可能性もある。そのため、日本代表にとっては大きな機会となる。
松永は「どれだけアピールできるかが大事だと思っている。バックスリーのポジション争いはある。しかし、そのおかげで刺激をもらえているし、ワールドカップのメンバーに入りたいという欲も強くなっている。」と先を見据えた。
最後尾から日本代表を鼓舞する存在へ
WTBの選手たちと一緒にハイボール処理に磨きを掛ける。そして、持ち前の判断力、プレースキック、そしてランの切れで勝負する松永。彼が最後尾からチームを鼓舞して勝利を呼び込みたい。

















